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心筋梗塞【しんきんこうそく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

心筋梗塞
しんきんこうそく
myocardial infarction
冠動脈の閉塞によって起る心筋壊死。左心室壁の冠状動脈,ときにはその分枝血栓塞栓,れん縮などが生じて血流が止り,その血管領域の組織に酸素が欠乏して,心筋層に壊死を生じる。一般症状としては,独特の不安感の強い胸内苦悶や激痛があり,心音は微弱,顔面は蒼白となり,血圧は多くは低下する。心電図は特異な梗塞曲線を描く。誘因としては心身の過労,ことに強い感情ストレスとの関係が深いとされている。梗塞巣が大きくない場合には十分回復の見込みがあるが,いかにすみやかに適切な診療を行えるかどうかが予後を決定する。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵

心筋梗塞
冠動脈が完全に閉塞され、心筋虚血が続いて細胞が壊死に至った病態。激烈な胸痛が続きニトログリセリンは効かない。発症する直前に、過度の疲労、睡眠不足、激務、過度の精神的ストレスがあることが多いとされている。発症後6時間以内であれば、冠動脈にできた血栓を溶かす血栓溶解療法か、またはPTCA(経皮的冠動脈形成術)によって、閉塞した血管を開通させることができる。
(今西二郎 京都府立医科大学大学院教授 / 2007年)

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

朝日新聞掲載「キーワード」

心筋梗塞
動脈硬化などで心臓を取り囲む冠動脈がふさがって血液が届かなくなり、心臓の筋肉が壊死(えし)する。厚労省の調査では08年の急性の心筋梗塞の患者は4万9千人。研究班によると、00年に調べた全国23地域の患者759人の死亡率は21%、半数は病院に着く前に心停止していた。
(2010-08-07 朝日新聞 夕刊 1総合)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

しんきん‐こうそく〔‐カウソク〕【心筋梗塞】
心臓の冠状動脈の、血栓などによる閉塞、急激な血流の減少により、酸素と栄養の供給が止まり、心筋が壊死(えし)した病態。激しい狭心痛、ショック状態などが起こる。中年以後に多い。MI(myocardial infarction)。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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栄養・生化学辞典

心筋梗塞
 心臓に酸素や栄養素を送る冠状動脈に閉塞が起こり,血流が障害されて心筋の壊死を起こす症状.

出典:朝倉書店
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生活習慣病用語辞典

心筋梗塞
冠動脈 (心臓に酸素や栄養素を供給する血管) が一定時間完全に詰まり、心臓の筋肉 (心筋) の一部が壊死することで起きます。一度壊死した心筋は、元には戻りません。 激しい心臓発作が持続するのが特徴です。最悪の場合は失神、呼吸停止、心停止となります。狭心症で有効なニトログリセリンの効果はありません。

出典:あなたの健康をサポート QUPiO(クピオ)
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世界大百科事典 第2版

しんきんこうそく【心筋梗塞 myocardial infarction】
冠状動脈の一部の血流がとだえて,その流域の心臓の壁が壊死に陥り,心臓の機能障害を生じる疾患。生命にかかわる場合のある重い病気である。20世紀初期までは,病理解剖によって初めて診断できる疾患であったが,最近では臨床的に容易に診断できるようになった。
[心筋梗塞の疫学]
 日本では心筋梗塞を含む心疾患による死亡は1950年以来,増加の傾向にあり,58年以来,悪性新生物脳血管疾患に次いで3位を占めるようになり,さらに85年以降は脳血管疾患を抜いて第2位となっている。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しんきんこうそく【心筋梗塞】
冠状動脈に血栓などが生じて血液の循環障害が起き、その部分の心筋が壊死えしする疾患。胸部前面に激しい疼痛とうつうが起こり長時間持続し、呼吸困難・不整脈・チアノーゼ・ショック状態などを呈する。 → 狭心症

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

心筋梗塞
しんきんこうそく
冠状動脈による心筋への酸素(血液)の需要と供給が不均衡となり酸素不足の状態(冠不全)が持続する結果、心筋細胞に不可逆性変化(心筋壊死(えし))が生じて心筋の収縮機能が多少なりとも障害を受けた病態をいう。原因は主として冠状動脈の硬化性狭窄(きょうさく)病変を基盤とし、血栓形成や動脈のれん縮が加わって冠血流がとだえることにあると考えられる。すなわち、冠血流が停止すると、心筋細胞において細胞小器官の膨化が数十分以内に生じ、数時間の経過で心筋壊死が進展するとされている。心臓弁膜症などで心腔(しんくう)内に形成された血栓が冠状動脈閉塞を引き起こすこともある。
 好発年齢は狭心症と同様に50~60歳代であり、男性が女性に比べて多い。臨床的に労作および安静時に突然生じる左前胸部の絞扼(こうやく)感(絞め付けられるような感じ)を主症状とし、冷汗、悪心、嘔吐(おうと)などの随伴症状を呈することもある。また頻発する狭心症の発作に対してニトログリセリンの投与が奏効しない場合も、心筋梗塞への移行を考慮しなくてはならない。[井上通敏]

診断

病歴、心電図所見、白血球数、血清逸脱酵素の定量によって診断されるが、多くの場合、発症数時間後に心電図のST部分の著明な上昇を認めるので、判定は容易である。心筋の壊死によって、血清内へ流出する血清逸脱酵素の一つであるクレアチンフォスフォキナーゼ(CPK)のイソ酵素MB型の定量測定も、心筋梗塞に特異性が高く、診断に有用である。[井上通敏]

治療

急性心筋梗塞は発症後数時間内に不整脈などで死亡する例が多いので、早期にICUやCCUに収容して集中監視および治療を行うことが肝要である。安静を保ち、酸素吸入を施行する一方、胸痛に対しては鎮痛剤を使用するが、心筋梗塞の胸痛は通常の鎮痛剤では奏効しない場合が多く、麻薬(モルヒネ)の使用を余儀なくされることもある。これらの一般的処置が行われたら、集中監視システムを設置した専門施設での治療が必要である。心筋梗塞の死亡率は20%程度であり、心不全、ショック、心破裂、不整脈に基づくことが多い。治療法の進歩に伴い、不整脈による死亡は減少傾向にあるが、心筋収縮機能の低下に起因する心不全やショックによる死亡率は依然として高率である。心筋の収縮力低下は障害心筋の範囲に依存しているため、治療に際してはこの点に留意し、心筋の保護に努力する。すでに壊死が進展した心筋細胞は再生しないので、非梗塞領域の健常残余心筋の障害進展を防止することも肝要である。なお、外科的療法としては、心不全やショックが強いときに大動脈内バルーンパンピングを行う。すなわち、大腿(だいたい)動脈から大動脈内にバルーン付きカテーテルを挿入し、胸部下行大動脈内に固定して大動脈圧を調整し、冠血流を増加させる方法である。また急性期を過ぎてからは、大動脈と冠動脈にバイパスの血管を設ける手術も行われる。[井上通敏]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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内科学 第10版

心筋梗塞(虚血性心疾患)
 心筋梗塞は,急激な冠動脈血流の減少により心筋壊死をきたす疾患である.従来から,この冠動脈血流の減少により心筋虚血をきたして胸痛など胸部症状を生じるが,臨床的に心筋壊死がとらえられないものを狭心症とし,心筋虚血に伴う心筋壊死がみられた場合に心筋梗塞と称してきた.しかしながら,急性期には重症のタイプである不安定狭心症と急性心筋梗塞の区別が難しい例があるため,近年ではこれらを総称して急性冠症候群とよぶことが多い(図5-7-19).
 急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)は,冠動脈に急性イベントが起こって発症する病態の総称であり,急性心筋梗塞症(acute myocardial infarction:AMI)と不安定狭心症(unstable angina:UA)が含まれる.さらに急性心筋梗塞症は心電図変化からST上昇型心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction:STEMI)と非ST上昇型心筋梗塞(non-ST elevation myocardial infarction:NSTEMI)に分類される.
 このうち非ST上昇型心筋梗塞と不安定狭心症はかなり共通する部分が多く,病態生理学的には不安定狭心症からもっと重症の不可逆的心筋壊死をきたす急性心筋梗塞に至るまでの連続的な病態ととらえられるため,両者を包括して急性冠症候群と称される. 心筋梗塞は,発症からの時間軸により急性心筋梗塞(acute myocardial infarction:AMI)と陳旧性心筋梗塞(old myocardial infarction:OMI)に分類される.
(1)急性心筋梗塞
定義
 急性心筋梗塞は,急激に発症した心筋虚血を原因として臨床的心筋障害・心筋壊死がとらえられた状態である.2012年に欧州・米国の学会(European Society of Cardiology, American College of Cardiology Foundation, American Heart Association)と世界心臓連合(World Heart Federation)から急性心筋梗塞として以下のような定義を使用することが勧告された. 心筋の生化学的指標の有意な変化が認められること,および以下のうち1つ以上の所見がみられる場合に,急性心筋梗塞と定義する.①心筋虚血症状②新規に起こった有意なST-T変化または完全左脚ブロック③異常Q波の出現④新たな健常心筋の喪失や壁運動異常を示す画像所見⑤冠動脈造影または剖検所見での冠動脈内血栓の同定
疫学
 日本における冠動脈疾患の罹患率・死亡率は欧米先進国に比べて低い.WHOの報告では2000年における急性心筋梗塞の死亡率は人口10万人あたり男性40.6,女性32.6であり,米国の男性72.7,女性64.6の半分程度しかない.しかし米国ではこの数字が減少傾向であるのに対し,日本では増加傾向にあり,高齢化とともに食生活を含めたライフスタイルの西欧化が関連していると思われる.
病因
 ACSのほとんど(90%以上)は,冠動脈の動脈硬化性プラークの破綻,それに続く血小板凝集と血栓が原因である(図5-7-20).冠動脈硬化の進行に伴い粥腫が形成され成長すると,プラークが血管内腔に張り出すようになって冠動脈造影では軽度の狭窄病変として認められるようになる.プラーク内には脂質成分,血球,血管平滑筋細胞,細胞外基質などが含まれるが,これが平滑筋と線維成分が多くなると固い線維性プラーク(fibrous plaque)になり冠動脈内に突出する.この結果冠動脈狭窄を生じて労作狭心症の原因となるが,安定化するためにACSの原因にはなりにくい(図5-7-21).
 これに対してプラークが多量のやわらかい脂質コアと活性化されたマクロファージTやリンパ球を豊富に含んでいると,マクロファージやTリンパ球が蛋白分解酵素(エラスターゼ,コラゲナーゼ,メタロプロテイナーゼなど)を放出し,これによって細胞外基質が分解され線維性被膜(fibrous cap)が菲薄化する.このようなプラークを「不安定プラーク(vulnerable plaque)」とよぶが,ここに交感神経の亢進や化学的因子,動脈硬化病変に伴う物理的なストレスが加わってプラークが破綻すると,プラーク内容物や組織因子によって血小板凝集や凝固系の活性化が起こり内皮細胞の破綻による抗血栓性低下もあいまって,血栓が冠動脈内に形成される.このほかに冠動脈内皮のびらん(erosion)やプラーク内への出血でも冠動脈血栓が形成される.
 冠動脈プラークに血栓が加わることにより冠動脈血流が大きく障害されるため,病変部末梢心筋に強い心筋虚血を生じて心電図上ST低下を伴う胸痛発作を起こすことになるが,ここで生体内の線溶系が活性化して血栓を一部でも溶解すると血流が回復して心筋壊死に陥る前に虚血が改善して発作が消失する.このような「せめぎ合い」状態が不安定狭心症(UA)である.ここでプラークが修復して安定化すれば安定狭心症となる.もしこの高度虚血状態が遷延して心筋壊死を起こしてしまうと急性心筋梗塞(AMI)となるが,完全閉塞になっていなければ心電図上はST低下を呈し非ST上昇型急性心筋梗塞(NSTEMI)とよばれる.このような場合,臨床的に心筋壊死の有無は心トロポニンなどの血液マーカーが,ある基準値をこえたかどうかで判断される.したがってUAとNSTEMIは心筋虚血の程度により区別されているだけの連続的な病態であることがわかる.
 これに対して,プラーク破綻により形成された血栓により冠動脈の完全閉塞が持続すると,下流の心筋虚血は貫壁性となりST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)となる.冠動脈プラーク破綻と血栓形成の機序は同じであるが,NSTEMIとは臨床所見や初期管理が異なるために,診療ガイドラインなどではNSTEMI/UAとは別に取り扱われる.
 このほかにACSのまれな原因として,冠動脈スパズム,冠動脈塞栓,血管炎があげられる.冠動脈スパズムは日本人に比較的多い病態であり,冠動脈塞栓症は心内血栓を作りやすい病態-僧帽弁狭窄症や心房細動,人工弁置換術後などがおもな原因である.血管炎は全身の炎症性疾患の一部として,自己免疫疾患でまれにみられる. 冠動脈高度狭窄・閉塞による心筋傷害の大きさは,①閉塞血管が支配する領域の大きさ,②完全閉塞かどうか,③閉塞している時間,④側副血行路からの虚血領域への血流,⑤心筋虚血に陥った領域での心筋酸素需要,⑦再灌流した場合の虚血部への血流の流れ方と局所の反応に規定される.
a.ST上昇型急性心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction)
 ACSのなかで,急性期に12誘導心電図にてST上昇を認めるものはST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)とよばれる.
臨床症状
1)自覚症状:
半数近くの症例は,急性心筋梗塞発症前に狭心発作など何らかの症状を呈するといわれている.さらに狭心症が不安定化した後に急性心筋梗塞を発症している例が,梗塞前狭心症を有する例の約半数にみられる.急性心筋梗塞発症時の典型的な症状は胸骨下部ないし左前胸部を中心とした激烈な疼痛で,押しつぶされる,締めつけられる,棒をねじ込まれる,焼かれるなどと表現され,30分から数時間持続する.左胸,胸部全体,心窩部,背部の痛みで発症することもあり,上腹部痛で発症したものは消化器疾患と誤診されることがある.同時に左肩,左上腕,頸部,下顎に関連痛をみることもある.随伴症状として,悪心・嘔吐,冷汗,意識障害などを高率に合併し,症状全体が「死の恐怖」や極度の「不安」を伴うことが特徴的である. ただし高齢者では胸痛なしに急性心筋梗塞症を発症することがある.無痛性心筋梗塞は糖尿病患者でも少なからずみられる.
2)身体所見:
大部分の例では,発症時は極度の不安と苦痛を伴った表情をしている.顔面は蒼白で冷感があり,手足の末梢には冷感があるのが普通である.合併症のない急性心筋梗塞の大半の症例では血圧・脈拍は正常範囲内にあるが,そのなかでも前壁梗塞例では交感神経緊張状態にあるため頻脈・血圧上昇傾向を示し,下壁梗塞の約半数例では迷走神経緊張状態となって徐脈・低血圧傾向を示すことが多い.
 前胸部の視診では,大きな前壁梗塞などで心尖拍動が収縮期に膨隆するように観察されることがある.心室の収縮・拡張障害によりⅢ音,Ⅳ音を聴取することもまれではなく,僧帽弁乳頭筋の虚血が起こると,心尖部に僧帽弁逆流を示す収縮期雑音が聴かれることもある.発症後数日して心膜炎を併発すると心膜摩擦音が聴取される. 左心不全から全身のうっ血症状を呈するようになると,頸静脈の怒張が起こる.静脈の怒張が著明にもかかわらず,聴診上,肺野が清の場合には右室梗塞を疑う.
 また,肺野での湿性ラ音の聴取は,急性心筋梗塞の予後を左右するポンプ失調の合併の診断に欠かせない重要な所見である.
検査成績
 急性心筋梗塞の確定診断を行うための検査所見としては,①心電図,②血清心筋マーカー,③画像所見,④組織壊死・炎症の非特異的指標の4つがあげられる.
1)心電図:
急性心筋梗塞の心電図所見は,梗塞部位や冠動脈の状態,発症からの時間により大きく異なる(図5-7-22,5-7-23).1枚の心電図では診断確定に至らず,経時的に記録することによって診断できる場合も少なくない.
 冠動脈が完全閉塞して貫壁性の急性心筋梗塞を形成した,定型的な心電図経過を図5-7-24に示す.冠動脈の急激な閉塞に伴い,ごく初期には虚血部位に相当する誘導でT波の増高が起こり,引き続きST上昇が認められるようになる.このとき虚血部とは異なる部位での誘導で対側性のST低下がみられることが重要であり,これによってST上昇部位での冠動脈のイベントであることが推定できる.そしてこのような典型的なST上昇を伴う一連の心電図変化は,冠動脈の閉塞部位に一致した広がりを示す.冠動脈の閉塞が続くとその後Q波が形成されるようになるが,その発現時期は数時間から数日と個々の病態によりかなりの開きがある.ST部分が徐々に基線に近づくようになるとT波の終末部から陰転が始まり,後に深い対称性の冠性T波を形成するようになる.その後数週間から数カ月,あるいは年の単位で陰性T波が徐々に浅くなり,最終的には陽転してしまうことも少なくない.
 これに対して,急性期にこのような定型的な心電図変化を示さない例が40%近く存在する.脚ブロックなど新たな心室内伝導障害の発生も急性心筋梗塞発症時によくみられる所見であるが,ST-T変化ばかりでなく,Q波もマスクされてしまうことがあるため,診断に困難を生じる場合がある.しかしながら右脚ブロックにおけるQ波は前壁・下壁梗塞ともに評価可能であり,一般に心室内伝導障害を伴うような急性心筋梗塞は多枝病変や大梗塞・低心機能を伴う重症例が多いことに留意する必要がある.陰性U波も強い虚血発作に伴い,まれならずみられる所見である.これはⅠ,Ⅱ,Ⅴ46誘導で記録されやすいが,左冠動脈前下行枝の高度狭窄による心筋虚血を反映することが多いとされている.
2)血清マーカー
: 血清マーカーは急性心筋梗塞の診断に不可欠である.特に心筋傷害のマーカーはこれまでさまざまなものが使用されてきたが,臨床的に有用な指標は,心筋特異性が高く,血中出現が早く,正常化までの時間が長いもので,計測が簡便かつ安価なものということになる.現在,急性心筋梗塞の診断と梗塞サイズなど重症度判定に用いられているマーカーを以下に示す. a)クレアチンキナーゼ(CK):CKは急性心筋梗塞発症後4時間から上昇しはじめ,冠動脈閉塞が続くと約24時間で最大値となり,2~3日で正常化する.この際のピークCK値や血中CK値を積分して得られるCK総流出量が心筋梗塞サイズとよく相関することが知られており,急性心筋梗塞の予後マーカーの1つとして使用されてきた.ただ再灌流療法などで冠血流が再開すると組織からのウォッシュアウト効果により早期により大きなCKのピークが認められる.この場合にはピークCKも梗塞サイズの推定には役立たないことになる.CKは心筋以外の筋疾患,激しい運動後,筋肉注射後,肺梗塞でも上昇する. b)CKアイソザイム,CK-MB:CKは電気泳動によってCK-MM(骨格筋型),CK-MB(心筋型),CK-BB(脳,腎臓型)に分かれ,心臓にはCK-MMとCK-MBが存在する.CK-MBは骨格筋に存在せずほぼ心筋特異的であるため,臨床的に有用な急性心筋梗塞症のマーカーである.ただCK-MBの上昇の程度は総CKに比べて小さいため,経時的な採血が必要で総CKとの比で2.5%以上であれば心筋傷害が存在する可能性が高いといわれている.最近は後述の心筋特異的マーカーの出現により,その臨床的意義は小さくなりつつある. c)心筋特異的トロポニン:トロポニンT(TnT)とトロポニンI(TnI)は心筋および骨格筋に存在するが,心筋特異的なアイソザイムが存在するため心筋に特異的なモノクローナル抗体を産生することが可能になった.この抗体を用いて心筋特異的トロポニンT(cTnT),トロポニンI(cTnI)の定量的測定が広く行われるようになった.両者ともに心筋特異性が高く,正常では末梢血中に存在しないため,測定値のカットオフレベルを低く設定することができる.ひとたび心筋傷害が起こるとcTnT,cTnIは正常の20倍以上の上昇を示し,しかもこれがcTnTでは10~14日,cTnIでは7~10日持続するため,急性心筋梗塞が疑われるが典型的な所見は認められない場合などにきわめて有用なマーカーである.このため前述の急性心筋梗塞の定義にはこのトロポニンを使用することが推奨されている. d)その他のマーカー:ミオグロビンは急性心筋梗塞発症後1~2時間で上昇し,4時間でピークを迎えるきわめて動態の早いマーカーである.心筋特異的でないためその役割は補助的ではあるが,発症超早期のマーカーとしての有用性が認められる.このほか,ミオシン軽鎖(myosin light chain:MLC),心臓脂肪酸結合蛋白(heart fatty acid binding protein:hFABP)などが心筋特異的マーカーとして使用されているが,CKやcTnT, cTnIに比べて優位性が認められるまでには至っていない. e)非特異的炎症マーカー:急性心筋梗塞発症後,梗塞部での炎症性変化に伴い,白血球数やCRPなどの非特異的炎症マーカーも上昇し,ときに1週間以上持続することがある.
3)画像診断:
 a)心臓超音波検査:急性心筋梗塞の画像診断法として現在最も汎用されている検査法である.急性心筋梗塞ではすべてといってよい症例で壁運動異常が存在する.左室壁運動異常は責任冠動脈病変の部位に応じて現れるため,左室を16分画し壁運動を評価することで冠動脈病変部位の想定が可能である.ただ超音波検査では,検出された壁運動異常が急性心筋梗塞によるものか陳旧性心筋梗塞の瘢痕によるものか,あるいは一過性の虚血によって生じているものかの区別は不可能である.このほか,右室梗塞,心室内血栓,心室瘤,心膜液貯留,心室中隔破裂(ドプラ検査併用により)など,急性心筋梗塞におけるさまざまな病態を検出することが可能である. b)心臓核医学検査:検査が煩雑であることと感度・特異度の問題から急性心筋梗塞の診断に一般的に利用されるまでには至っていない.201Tl心筋シンチグラム,99mTc-セスタミビでは虚血部位は欠損像として描出されるが,これ自身は急性心筋梗塞の部位を表すものではない.急性心筋梗塞の部位を同定するのに99mTc-ピロリン酸を用いて陽性像として描出する方法があるが,急性心筋梗塞発症後3~7日の間に施行しなくてはならないなど煩雑なため,実際の施行はほかの検査で梗塞部の同定が難しい場合などに限られるのが現状である.
診断
 2012年に勧告された定義に基づき,心筋の生化学的指標の有意な変化(特に心筋トロポニンの上昇の確認が推奨されている)が認められること,下記の所見のうち1つ以上がみられる場合に急性心筋梗塞と診断する.①心筋虚血症状②新規に起こった有意なST-T変化または完全左脚ブロック③異常Q波の出現④新たな健常心筋の喪失や壁運動異常を示す画像所見⑤冠動脈造影または剖検所見での冠動脈内血栓の同定 実際には,胸痛で受診した患者のうち急性心筋梗塞であったのはごく一部であること,また急性心筋梗塞症例でも定型的な心電図変化を呈する症例は全体の半分以下であることから,これらの疑わしい所見に心筋の生化学的指標の上昇をもって急性心筋梗塞と診断される例も少なくないのが現状である.
 鑑別診断としては,表5-7-5に示した疾患があげられる.
初期情報のまとめ
 急性心筋梗塞の診断は前述の情報を総合することにより可能であるが,臨床現場では患者の初期情報を統合・分類・整理することにより,病態の特徴と重症度を判定し,初期治療の意思決定を行わなくてはならない.以下にそのなかでも重要なものについてあげる.
1)梗塞部位:
心筋梗塞の部位や範囲は,心エコーや核医学検査などの画像検査を用いて詳細に同定できるようになったが,診断名としての梗塞部位は原則として心電図診断である.Q波梗塞ではQ波の出現した誘導,非Q波梗塞ではR波の減高した誘導(R波減高もない例ではST上昇の誘導)から,表5-7-6を参考に梗塞部位を表現する. 右室梗塞については心電図所見だけからの部位診断ではなく,その診断基準については後記する. 一方,非Q波梗塞でQRSの変化に乏しく,ST低下型の心筋梗塞症例では心電図からの梗塞部位診断がしばしば困難な場合がある.心室内興奮伝導異常(左脚ブロック・WPW症候群など)や心室ペーシングリズムの例でも同様に部位診断は困難である.このような症例では,心エコーや核医学検査所見と合わせて梗塞部位を判定することになる.
2)Q波梗塞・
非Q波梗塞:
異常Q波の出現の有無からQ波梗塞(QMI),非Q波梗塞(NQMI)に分類する.以前は貫壁性,非貫壁性という表現が用いられたが,臨床的な所見から病理組織学的所見を推定することが困難なことがあるため,心電図所見をそのまま使用した表現が一般的になっている.
 異常Q波の定義は,原則として幅が0.04秒以上で,深さがR波の25%以上とされるが,後壁梗塞ではV1のR/Sが1以上でRの幅が0.04秒以上の場合,Q波梗塞と同等として扱われることが多い.
3)発症からの時間と心筋梗塞のステージ分類:
心筋梗塞は発症後以下の3つのステージに分けることができる.①急性期(発症後数時間から7日まで)②回復期(7~28日)③治癒期(29日以降) 心筋梗塞を診断する際にはこのような病期のどの時点にいるのかを認識しながら,検査のデータを解釈することが重要である.施設によって若干基準は異なるが,①が急性心筋梗塞であり,それ以降は陳旧性心筋梗塞となるが,②をRMI(recent myocardial infarction),③をOMI(old myocardial infarction)と区別してよぶこともある.
4)来院時のバイタルサインとポンプ失調の程度:
来院時にショック症状を呈しているものは,現在でも死亡率が高い超重症例である.この心原性ショックを含め,来院時のポンプ失調の程度から急性心筋梗塞を分類したのがKillip分類(表5-7-7)であり,現在でも急性心筋梗塞の初期情報の1つとして重要である.
管理
1)発症から病院まで:
STEMIの院内死亡率は,CCUの管理と冠再灌流療法の普及により7%前後となったが,これは真の死亡率ではない.病院到着前,すなわちSTEMI発症早期に総STEMI患者の14%が心室細動による心停止に陥り死亡している.この心室細動は心臓性院外突然死例の60%を占める.より迅速なAEDによる電気的除細動が生存率を有意に改善させることが知られており,STEMIの発症超早期の患者教育と病院前救護対策が重要である.わが国でも公共の場にAEDが設置され始めた.AED使用を含む市民による迅速な119番通報と迅速な心肺蘇生法(cardiopulmonary resuscitation:CPR)の啓蒙・普及がますます重要になっている.
 したがって入院前治療における重要な要素は,①症状が起こったら患者に早く救急隊あるいは病院にアクセスしてもらうこと,②電気的除細動を含めた心肺蘇生が施行できる救急チームを一刻も早く患者のもとへ派遣すること,③高度蘇生術および心臓救急が行えるスタッフをそろえた医療施設に速やかに移送すること,④迅速な再灌流療法の開始があげられる.このなかで通常最も時間がかかっているのが,①の症状が出てから患者が助けを求めて連絡するまでの時間(patient’s delay)であり,この改善には普段からの心臓発作に対する地域での教育が不可欠である.
2)救急治療室での初期管理:
急性心筋梗塞の疑われる患者,または診断された患者が到着した場合には,疼痛のコントロール,初期情報からの重症度評価,および再灌流療法の適応決定がポイントである.救急室における診療の流れを図5-7-25に示す.
 初期評価から患者の病状に応じて適切な薬剤の投与を行う.特に心原性ショック例・顕性心不全例では,ショック・心不全状態からの早期離脱を最優先とした薬剤の選択を行う.また低酸素血症が存在する場合には酸素投与を開始する.
 血行動態が安定している場合には,禁忌がなければまずアスピリンを投与する.
 胸痛の持続は患者の不安を増強させ,心筋酸素需要増加の原因となるため,早急に軽減させる必要がある.血圧低下や高度徐脈がない例ではまずニトログリセリンの舌下投与を試み,左室前負荷軽減と梗塞関連血管および側副血行路の拡張による虚血の改善を試みる.効果がみられた場合には,静脈内投与で硝酸薬を継続する.これが無効のときには速やかにモルヒネなどの麻薬性鎮痛薬を投与する.モルヒネはニトログリセリンと同様に静脈性の血管拡張作用を有するため,肺うっ血を有する例では前負荷軽減の効果を期待できるが,それ以外の例では前負荷低下による血圧低下に注意する必要がある.
 β遮断薬は発症早期からの使用により梗塞サイズの縮小や合併症の発生率低下が得られることが知られている.β遮断薬の禁忌(表5-7-8)がなければ,短時間作用型の薬剤を少量から投与を開始し,効果がみられれば内服薬に移行する.
 下壁梗塞に伴う第Ⅱ度房室ブロック,低心拍出を伴う洞機能不全などの徐脈性不整脈がみられる場合には,迷走神経遮断作用を有するアトロピンが有効である. この間に標準12誘導心電図を記録する.ここまでの処置は目標10分以内で行い,ST上昇が確認されてSTEMIと診断したら,直ちに再灌流療法に向けて準備を行う.
3)急性期再灌流療法の適応と実施方法:
再灌流療法には,血栓溶解療法とPCI(経皮的冠動脈インターベンション)治療がある.最近の研究報告から緊急PCIが可能な場合にはPCIが優先されるが,STEMIではいかに早期に良好な再灌流を得るかが短期および長期予後を左右する.冠動脈血流の程度を血管造影で分類したものにTIMI(thrombolysis in myocardial infarction)分類があるが(表5-7-9),ここで“良好な血流”とは冠動脈造影上いったん閉塞していた冠動脈枝が末梢まで良好に造影されるTIMI 3の血流を指す.
 患者が来院した場合の救急治療室での診断アルゴリズムを図5-7-26に示す.STEMIでは早期の再灌流療法施行が予後に大きく影響するため,早期診断,早期治療が重要である.図5-7-25に示すように,患者到着後10分以内にバイタルサインのチェック,連続心電図モニターを行い,簡潔かつ的確な病歴聴取とともに12誘導心電図を記録し,血液生化学検査を行う.STEMIと診断して再灌流療法適応と判断した場合には初期管理は時間との勝負であり,血栓溶解療法の場合は患者到着から血栓溶解薬投与開始までの時間(door-to-needle time)を30分以内に,PCIでは患者到着から閉塞部のバルーン拡張までの時間(door-to-balloon time)を90分以内にすることが目標である. 緊急PCIが可能な施設の場合の対応アルゴリズムを図5-7-26に示す.発症後12時間以内は原則PCIを優先するが,そのときの施設の状況で血栓溶解療法を先行する場合がある.発症後12時間以上経っている場合でも胸痛やST上昇が続いていれば早期にPCIが選択される.緊急PCIが施行できない施設の場合には,できるだけ早くPCI可能施設へ転送が原則であるが,この場合血栓溶解療法を先行させるかどうかは転送に要する時間を考慮しながら転送先と相談して決定する.
 緊急PCIの手順は,大腿動脈または橈骨動脈など上肢の動脈からカテーテルを挿入し,ガイドワイヤーを閉塞冠動脈に進める.閉塞部通過に成功したら最近は血栓吸引カテーテルを用いて血栓吸引を行うことが多い.その後は通常ステントを充塡したバルーンカテーテルを挿入して病変部を拡張しステントを留置する.使用するステントにはベアメタルステント(BMS)と薬剤溶出性ステント(DES)があるが,どちらを使用するかは患者の状態や抗血小板薬の長期管理上の特徴を考慮して決定する(図5-7-27).
 血栓溶解療法に用いられる薬剤にはウロキナーゼ,組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tissue plasminogen activator:t-PA)があるが,静注用には一般に血栓選択性のt-PAが使用されている.血栓溶解療法には表5-7-10に示す禁忌と注意事項がある.
4)早期の一般的処置と薬物療法:
初期治療終了後はCCUにて集中監視を行いながら治療を継続する.緊急PCI施行例では,待機的PCIに準じてヘパリンを使用する.さらに,まれではあるが重大な合併症であるステント血栓症を予防するため,抗血小板薬としてアスピリンに加えてクロピドグレルなどチエノピリジン系薬剤を併用する.
 これに加えて,急性期からの投与により心筋酸素需要の抑制,梗塞サイズの縮小,左室リモデリング予防効果を有するβ遮断薬とACE阻害薬またはアンジオテンシン受容体遮断薬(ARB)硝酸薬を投与する.さらに近年急性期からの投与が虚血イベント減少をもたらすことが報告されたスタチンも早期に開始される. 硝酸薬については,予後改善効果については明らかではないものの,虚血症状が持続する場合,高血圧,心不全合併例で,虚血部位の灌流改善や壁ストレス軽減による酸素需要低下効果を期待して投与が推奨されている.
5)早期合併症とその対策:
 a)不整脈:急性心筋梗塞に伴う不整脈は発症後きわめて早期に発生し,病院収容前の心室細動に対する対処が重要であることは前述のとおりである.厳重な心電図モニターと適切な対処により,急性心筋梗塞後の不整脈管理は格段の進歩を遂げている.①心室性期外収縮:頻回,多源性,あるいは拡張早期に発生する心室性期外収縮は,心室頻拍,心室細動予防のための薬物療法の適応である.これ以外の場合に,「予防的」リドカインなどの抗不整脈薬の投与は根拠がないことが知られている.低カリウム血症,低マグネシウム血症などの是正がまず求められる.薬物療法としては急性期には静注のリドカインが用いられるが,長期的にはβ遮断薬が有効であることが知られている.②心室頻拍・心室細動:急性心筋梗塞発症24時間以内では,何の警告もなく突然心室頻拍,心室細動が起こりうる.以前はこの予防にリドカインが用いられてきたが,徐脈や心停止のリスクを上げるだけで重篤な心室性不整脈の予防効果が明らかでないことがわかり,現在ではβ遮断薬の投与が最も一般的である.心室頻拍が起きても血圧など血行動態が安定していれば,リドカイン静注で洞調律への復帰を期待できるが,血圧低下例や心室細動では速やかに電気的除細動を行う.急性心筋梗塞発症後72時間以内に発生する心室頻拍は,長期予後には影響しないとされている.しかしながら,これ以降に生じた心室頻拍は遠隔期の突然死など予後にかかわる可能性があるため,電気生理学的検査で重症度を判定して植え込み型除細動器の適応を決定する.③上室性不整脈:急性心筋梗塞急性期の交感神経系の活性化に伴う洞性頻脈が最も多くみられ,程度が強く心筋酸素需要を大きく増加させていると考えられる場合にはβ遮断薬を投与する必要がある.次に多いのが左室機能不全に伴う左房圧上昇が原因で生じる心房粗・細動である.ジゴキシンが心拍数コントロールに有用であるが,もし急性心不全の状態でなければβ遮断薬も有効である.これらが持続して心機能低下の一因となっている場合には電気的除細動を施行する.④洞徐脈:右冠動脈閉塞による下壁梗塞では,迷走神経刺激状態になるためによくみられる状態である.高度の徐脈にはアトロピン静注が用いられるが,持続する場合には一時的ペースメーカを挿入することもある.イソプロテレノールを投与して心拍数を上げることは,重篤な頻脈性心室不整脈を誘導することがあり避けることが望ましい.⑤房室ブロック,心室内伝導障害:下壁梗塞でよくみられる不整脈であり,迷走神経緊張および刺激伝導系の虚血の両方が原因となって発生することが多い.一時的ペースメーカを挿入して右室ペーシングを行うことが,最も確実で有効な治療手段である.多くの例では数日から1週間で回復してペースメーカを抜去することができ,恒久的ペースメーカが必要になる例はまれである.
 b)ポンプ失調:急性心筋梗塞発症後,左室では梗塞部・非梗塞部ともにサイズや壁厚,壁運動に大きな変化が起こる.発症直後から左室は拡張を始める.最初は梗塞部心筋のロスから壁の菲薄化が起こって膨隆してくるが,その後非梗塞部においても残存心筋に過大なストレスがかかりつづけるために心室の拡大が起こってくる.このような過程を左室リモデリングとよぶ.このような左室リモデリングは急性期の硝酸薬投与でわずかながら抑制できることが知られており,心筋虚血の改善とともに急性期に硝酸薬の持続静注を行う根拠になっている.長期的にはACE阻害薬が左室リモデリングを抑えることが知られており,心機能低下のあるなしにかかわらず梗塞後のACE阻害薬投与が推奨されている.
 c)血行動態モニターと心機能曲線からみた急性心不全治療:ポンプ失調からくる心不全は急性心筋梗塞症後急性期死亡の第一の原因である.これは大きな心筋壊死を起こした結果残存心筋が希少となり,生体が必要とするだけの心拍出量を保てないために起こるものである.心不全徴候が明らかな場合,Swan-Ganzカテーテルのような肺動脈カテーテルを留置して,血行動態をモニターしながら治療が行われる.肺動脈カテーテルから得られた肺動脈楔入圧と心係数から,血行動態からみた急性心筋梗塞症の分類を行ったのがForrester分類である(図5-7-28).
 サブセットⅠではポンプ失調は存在しないが,サブセットⅡでは心拍出量は保たれているものの前負荷が過度にかかっていて肺うっ血症状を呈していると考えられる.この場合の治療原則は「減負荷療法」であり,利尿薬や静脈拡張が主体の血管拡張薬(硝酸薬など)により,PCWPが低下してサブセットⅠに入ることができるようになる(図5-7-28の矢印①).これに対してPCWPが高値にもかかわらず低心係数であるサブセットⅣに血行動態がある場合には,ポンプ失調は重症であり死亡率も高く,減負荷療法だけでは血行動態は改善しない.ドブタミン,ドパミンなどの強心薬を投与して心筋収縮力を上げることでStarling曲線を左上にシフトさせたうえで利尿薬や血管拡張薬で減負荷療法を行うことが必要である(図5-7-28の矢印②).
 Forrester分類は肺動脈カテーテルを挿入しないと計測できないという不便さがあるが,2003年に提唱されたNohria-Stevenson分類はうっ血所見と低灌流という臨床所見からの分類であり,その簡便性・迅速性とすぐれた予後予測効果から,最近は心筋梗塞発症後の心不全を含めた急性心不全の重症度分類に汎用されている.
 d)心原性ショック:近年の急性心筋梗塞治療の進歩に伴い心原性ショックに陥った急性心筋梗塞症例は減少してきているが,いったんこれに陥ると現在でも死亡率の高い(70%に達する)状態である.その80%は広範な心筋壊死に伴うものであり,残りが心室中隔破裂や乳頭筋断裂など急性心筋梗塞の機械的合併症に基づくものである.低心拍出が病態の中心で,血圧低下,主要臓器灌流障害による意識障害,乏尿,四肢冷感,アシドーシスなどが特徴である.機械的合併症の場合には緊急手術となるが,それ以外の場合にはドパミン,ドブタミンなど強心薬による治療には限界があるので,大動脈内バルーンパンピング(intra-aortic balloon pumping:IABP)など補助手段を導入して,できるだけ早くPCIまたは冠動脈バイパス手術(CABG)で閉塞冠動脈の再灌流をはかることが予後を改善すると報告されている.
 e)右室梗塞:右冠動脈近位部で主要右室枝を分枝する手前で冠動脈の閉塞が起こると,左室の下壁梗塞とともに右室壁の虚血が発生する.およそ下壁梗塞の半数に何らかの形での右室の虚血を伴うとされているが,典型的な右室梗塞の徴候を示すのは下壁梗塞のうち10%程度である.
 右室梗塞は,①右側胸部誘導でのST上昇(図5-7-23,5-7-29A),②心エコー図での右室拡大とアキネジア,ジスキネジア,③平均右房圧≧10 mmHgと高値であるがPCWPとの差が小さい(<5 mmHg)こと,④右房圧波形のnon-compliant pattern(深いY谷),⑤PA交互脈などの所見のどれかが1~2項目存在し,収縮性心膜炎や右室負荷疾患が否定されたときに診断できる.右室からの拍出が低下するために後方障害としての右房圧・静脈圧上昇の所見とともに,肺循環からの左室前負荷が減少するために,肺うっ血はないが左室からの心拍出量も低下し,Forrester分類ではサブセットⅢに入ることになる.このような例にニトログリセリンなど硝酸薬を投与するとますます静脈還流が減少して血圧低下をきたしやすい.むしろStarling曲線上において,大量補液により左室前負荷を少し上昇させることにより心拍出量の増加を見込めるようになる点が,右室梗塞の血行動態と治療の特徴である(図5-7-28の矢印③).
 f)心破裂(機械的合併症):急性心筋梗塞発症後に突然肺うっ血の増強と低心拍出を伴う血行動態変化をみたら,機械的合併症の発生を考えなくてはならない.機械的合併症としては,心室中隔破裂,僧帽弁乳頭筋断裂,左室自由壁破裂があげられるが,これらは急性心筋梗塞発症後1週間以内に起こることが多い.①心室中隔破裂:新たな収縮期雑音の発生と急激な肺うっ血を起こしたときには心室中隔破裂または僧帽弁乳頭筋断裂を考える.前壁梗塞では心尖部よりの中隔,下壁梗塞では心基部よりで破裂することが多いが,これはドプラ心エコー検査にて診断が可能である.②僧帽弁乳頭筋断裂:前乳頭筋の破裂の場合には,ここへの血流が多重支配になっているためよほど広範な前壁梗塞を起こすようでないと発生しないが,後乳頭筋断裂はこの部分が左回旋枝からの1本の枝で灌流されているため,この枝の閉塞による小さな下・側壁梗塞でも発症しうる.治療は僧帽弁置換術・形成術となる.③左室自由壁破裂:急性心筋梗塞症の死因のうちポンプ失調についで高い死亡原因である.高齢者,女性,広範な初回梗塞例,再灌流療法不成功例に多いとされ,穿孔型(blow-out type)と滲出型(oozing type)がある.前者は救命が難しいが,後者では緊急手術により救命に成功する例も少なくない.
 g)梗塞後狭心症:血栓溶解療法施行例や多枝病変例などで,冠動脈に高度狭窄を残している例で起こることがある.心筋梗塞の再発はさらなる心機能低下をきたして重篤な病態をきたすことになるので,早めの冠動脈造影と適切な血行再建術が必要とされる.
 h)その他の合併症:心膜炎は約1/4の急性心筋梗塞症症例で,発症後数日で起こってくる.心筋梗塞の拡大や心筋虚血の症状とまぎらわしいが,痛みが背部の僧帽筋方向へ広がることと心膜摩擦音を聴取できることが特徴である.多くの場合,アスピリンで治療可能である【⇨5-7-4)-(2)の心筋傷害後症候群】.
 また,左室内血栓が原因で起こる血栓塞栓症も重大な合併症である.大きな前壁梗塞例に多く,心臓超音波検査などで梗塞部に壁在血栓の存在が疑われたら,早めに抗凝固薬による治療を開始することが重要である.
6)回復期の管理と評価:
STEMIの予後は,左室機能,梗塞サイズおよび虚血リスクにさらされている心筋の大きさに規定される.心臓超音波検査による左室機能評価に加えて,心筋血流製剤(201Tl,90mTc-MIBI,90mTc-tetrofosmin)による核医学イメージングが有用である.最近,心臓MRイメージングでの心室機能評価やガドリニウム遅延造影による傷害心筋評価の有用性が報告されている.
 急性期治療により病態が安定したら,長期予後を考えた薬物治療を継続する.アスピリン,β遮断薬,ACE阻害薬は,心筋梗塞症の再発予防,心室リモデリング予防,心不全予防,突然死予防に有効であることが,数々の臨床試験から知られており,副作用がないかぎり長期的に継続していくことが推奨される.
 冠動脈疾患のベースとなる動脈硬化リスクファクターのコントロールもきわめて重要である.このなかで,禁煙,肥満の改善,糖尿病のコントロール,脂質異常症のコントロールが重要であるが,特にLDLコレステロール値の低下にはHMG-CoA還元酵素阻害薬(いわゆるスタチン)が有効であり,長期的に心筋梗塞の再発を減少させる効果が実証されている.
 これらと並行して心臓リハビリテーションを進めていく.離床後は病棟でバイタルサインや心電図をチェックしながらリハビリテーションを進める.その後適正なトレーニング強度の決定のために心肺運動負荷試験を行い,有酸素運動閾値(anaerobic threshold:AT)および最大酸素摂取量(VO2max)を確認し,運動処方を行う.これらの運動療法により運動耐容能の改善や再発率低下,生命予後改善効果のあることが報告されている. 基本的にはATレベル以下の運動強度で行うが,この時期でも急に血行動態が不安定になることがあるので,開始前のメディカルチェックが必要である.
b.非ST上昇型急性心筋梗塞(non-ST elevation myocardial infarction)と不安定狭心症(unstable angina)
概念
 ACSのなかで,急性期に12誘導心電図にてST上昇がみられないものは非ST上昇型急性心筋梗塞(NSTEMI)とよばれ,前述のように不安定狭心症(UA)と連続した病態であることが明らかになってきたため,両者を同一カテゴリーで扱うことが通例となっている.
病因
 多くのSTEMIと同様に冠動脈の動脈硬化性プラーク破綻やびらんにより,局所に血栓が形成されて冠動脈を一時的に閉塞したり高度狭小化をきたすことが主因である(図5-7-20).このほかに冠動脈攣縮(スパズム)が関与していると考えられる症例が少なからずみられる.日本人は欧米人に比べて冠攣縮性狭心症の頻度が高いので,ACSの発症メカニズムとしてスパズムも念頭に入れておく必要がある. 冠動脈が完全に閉塞し血流が遮断されるとST上昇が起こるが,閉塞せず高度狭窄の状態であったり,閉塞しても早期に側副血行路が発達したりすると,心内膜側に限局した心筋虚血にとなり非ST上昇型ACSとなる.
診断・重症度評価
 臨床症状はSTEMIと同様であり,診断プロセスも身体所見,心電図に続いて心エコーによる壁運動異常の検出と血液生化学検査を行う.病歴上からはBraunwaldが提唱した不安定狭心症の分類(1989年)が現在でも重症度を評価して初期治療方針決定に重要である(表5-7-11).
 心電図変化についての一般論は別項に譲る【⇨5-4-1)】.発作時心電図ではST低下,T波陰転,陰性U波出現など多彩な波形を示すが,ST低下が遷延する例は冠動脈高度狭窄例が多く,広範なST低下を示す場合には多枝病変の存在が多いので注意が必要である.新規の左脚ブロック出現も高リスクのACSを示唆する重要な所見である.
 さらに最近は生化学的指標として,CK,CK-MBとともにトロポニンT(TnT)あるいはトロポニンI(TnI)測定が一般化している.一定以上のCK上昇があればNSTEMIと診断されるが,CK上昇が明らかでなくUAの範疇であってもTnT,TnIが上昇していると微小心筋壊死が推定され,高リスクと認定される.
 このような病歴,自覚症状,心電図所見,生化学的マーカーを含めたUAのリスク分類を表5-7-12に示す.また,このような複数の危険因子の組み合わせから評価するTIMIリスクスコア(表5-7-13)が汎用されており,スコアが増加するにつれ相乗的に予後が悪化することが示されている.
治療
 リスクに基づいた初期対応が重要であり,まず表5-7-12,5-7-13を用いてリスク評価を直ちに行う.中リスク以上の患者は原則入院とし高リスク患者は心電図監視が可能なCCUあるいはこれに準ずる病室へ収容する.心電図モニター下でベッド上安静とし,アスピリン,ヘパリンと硝酸薬・β遮断薬を投与する.
 高~中リスク患者に対する治療戦略は,直ちに冠動脈造影を行い適応があれば冠血行再建術(PCI,CABG)を行う“早期侵襲的治療”か,いったんCCUで内科的治療を行い,その後症状再燃や心不全,虚血の出現があったら冠動脈造影⇒冠血行再建を行うという“早期保存的治療”の2つに分けられる(図5-7-30).数々の臨床試験結果から,最近は中リスク以上でTnTが陽性の場合には早期侵襲的治療が行われることが多くなっている. 亜急性期以降の管理はSTEMIと同様であり,運動負荷試験や画像診断結果により冠動脈造影を行いPCIやCABGの適応を考慮する.長期管理に当たっては,冠危険因子のコントロールを十分に行い,日常生活についての患者教育をきめ細かく行うことが重要である.
(2)陳旧性心筋梗塞(old myocardial infarction:OMI)
定義・概念
 2012年に欧州・米国の学会(European Society of Cardiology,American College of Cardiology Foundation,American Heart Association)と世界心臓連合(World Heart Federation)による定義では,以下の所見が1つでもある場合に陳旧性心筋梗塞とすることが勧告されている.①自覚症状の有無を問わず,虚血以外の原因が考えられない異常Q波②虚血以外の原因が考えられない局所の心筋喪失を示す壁の菲薄化や収縮障害③陳旧性心筋梗塞を示す病理学的所見 心筋梗塞急性期を過ぎて,自覚症状や血行動態も落ち着き,心筋生化学マーカーの上昇がなく心電図所見も固定した状態を示している.明確に時期的な定義をしたものはないが,病理学的に瘢痕形成が起こる発症後4週間以降を指すことが多い.
疫学
 日本人の心筋梗塞患者を対象とした2009年の臨床研究JACSSによると,急性心筋梗塞の入院死亡率は8%を下回るレベルになっており,これは欧米に比べてきわめてよい成績である.したがって90%以上の患者が生存して陳旧性心筋梗塞として管理・治療を受けている. また日本人の冠動脈疾患患者を長期追跡したJCAD研究によると,陳旧性心筋梗塞例は非心筋梗塞例に比べて有意に予後が悪いことが示された.JACSSでの多変量解析では,内服薬を含まない場合,高齢・女性・腎機能障害・来院時心不全・発症から受診までの経過時間が長期死亡に寄与する独立した因子であり,内服薬を含めた場合,長期生存に寄与する因子としては,腎機能障害・来院時心不全・受診までの経過時間に加えて,アスピリンとβ遮断薬の使用があげられている.
病態生理
 梗塞部では,急性期の心筋壊死部位の炎症・浮腫から瘢痕組織に置換され,同部位の菲薄化と進展を生じるようになり,これは早期リモデリングとよばれる.この際に非梗塞部が心臓のポンプ機能低下を代償しようとして,Frank-Starling法則による前負荷増加およびレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系や交感神経系の活性亢進が起こり,左室拡大からひいては非梗塞部を含めた左室収縮障害をきたすことになり,晩期リモデリングとよばれる.このような心室リモデリングは,慢性心不全への移行や心臓突然死につながる過程となる.
臨床症状
自覚症状は,心筋梗塞の大きさや冠動脈の状態により変わりうるが,急性期以降は無症状の例も多い.心電図では異常Q波,R波減高,T波陰転などから陳旧性心筋梗塞症の存在を疑う.この時期では,心筋虚血,心不全,不整脈に関する所見の有無が患者管理上重要である.
1)心筋虚血:
心筋バイアビリティのある部位への冠動脈に残存狭窄があると狭心症や無症候性心筋虚血を示す場合があるので,狭心症状に注意するとともに運動負荷心電図や心筋シンチグラムなど画像診断,Holter心電図などで心筋虚血の有無とその広がりをチェックする. 
梗塞部など心筋バイアビリティ評価が必要な場合には,ドブタミン負荷心エコーや負荷心筋シンチグラム,最近では負荷心MRIが行われる.
2)心不全:
心筋梗塞サイズが大きい場合や左室リモデリングが進行した場合には,左室拡大と収縮障害による心不全徴候が出現する.労作時息切れ・呼吸困難から身体所見上の心不全徴候(頸静脈怒張,Ⅲ音などの過剰心音,肺胞性クラックル,末梢浮腫など)がみられ,心臓超音波検査で左室拡大,壁菲薄化,壁運動異常などが認められる
3)不整脈:
慢性期の心筋梗塞後不整脈で重要なのは心室性不整脈,特に心室頻拍の有無である.心機能低下例での6連発以上の速い(レート150/分以上)非持続性心室頻拍については,薬物療法だけでなく植え込み型除細動器を含めた非薬物療法も考慮されるため,標準12誘導心電図に加えて定期的にHolter心電図を行う.ハイリスク不整脈が検出された場合には,加算平均心電図による遅延電位の測定も重要である.
治療・患者管理
 陳旧性心筋梗塞管理のポイントは,急性心筋梗塞の回復期の管理を確実に継続していくことである.これには,長期予後を考えた薬物治療(アスピリン,β遮断薬,ACE阻害薬)および動脈硬化リスクファクターのコントロール(禁煙,肥満の改善,食事療法,スタチンなど)および運動療法があげられる.
 薬物療法では,左室リモデリングの予防をおもな目的としてレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の抑制と交感神経系の抑制が重要であり,前者にはACE阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬,アルドステロン拮抗薬が,後者にはβ遮断薬が使用される.HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は心血管イベント抑制効果が報告されており,スタチンにはコレステロール低下作用以外の多面的効果(pleiotropic effect)として抗酸化作用,抗炎症作用,内皮細胞機能改善作用などがみられるため,大部分の患者に投与されるのが現状である. 心筋虚血が残存している場合には,自覚症状の有無,冠動脈病変の重症度と病変形態,心機能低下の程度を総合的に評価し,適切な薬物療法を行ったうえで冠血行再建術の適応を考慮する.ただし,2007年に報告されたCOURAGE試験で,陳旧性心筋梗塞症を含む安定慢性冠動脈疾患患者に対して,適切な薬物治療を含めた内科的治療を行っていれば,たとえ経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の適応になる冠動脈狭窄が存在しても,PCIを追加しても長期予後が変わらないことが報告された(図5-7-31).
 狭心症を含む自覚症状の改善効果は認められていること,その後も新しい世代の薬剤溶出性ステントが登場していることから,基本は適切な内科治療であることには変わりはないが,PCIの効用についてさらなる検討が進められていくであろう.
 心筋梗塞後の心不全の治療もきわめて重要であり,左室収縮不全に対しては慢性心不全の標準的治療であるアンジオテンシンⅡ阻害薬(ACE阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)とβ遮断薬を中心とした薬物療法を行う.薬物療法でも心不全のコントロールが難しい場合には,適応があれば心臓再同期療法(cardiac resynchronization therapy:CRT)あるいは手術(冠動脈バイパス術,左室形成術)が行われることがある.
 さらに,心筋梗塞後の心室性不整脈治療についても,左室駆出率低下例に心室頻拍を合併する場合には,植え込み型除細動器(ICD)が予後改善効果をもたらすことが明らかになって,欧米ではその適応が広がっている.わが国では欧米ほど心筋梗塞後の突然死は多くないが,十分な薬物療法を行ってもNYHAクラスⅡまたはⅢの心不全症状を有し,かつ左室駆出率35%以下で非持続性心室頻拍を有する場合や,クラスⅠでも左室駆出率35%以下,電気生理学的検査で持続性心室頻拍が誘発される非持続性心室頻拍の例にはICD植え込みが推奨されている.
心筋傷害後症候群(post-cardiac injury syndrome)
 心筋梗塞後症候群(postmyocardial infarction syndrome)あるいはDressler症候群ともよばれる.貫壁性心筋梗塞を発症すると壊死部を中心に炎症が起こるが,壊死細胞由来の自己抗体に対する免疫応答が生じ,これが心表面に波及して線維素性心外膜炎を生じることがある.開心術後に起こる心膜切開後症候群と同様のメカニズムである.
 軽微なものであれば,急性期の数日間のみ聴診上心膜摩擦音が聴かれるのみで自然に消褪するが,まれに数週間後急性心膜炎の徴候を呈して発熱,胸膜痛様胸痛,心エコーで心膜液貯留,炎症反応陽性(CRP上昇など),胸水貯留などがみられる.
 治療は原則として非ステロイド系抗炎症薬を使用するが,炎症が遷延する場合にはステロイド治療が必要になる.
(3)虚血性心筋症(ischemic cardiomyopathy)
定義・概念
 虚血性心筋症という概念は,古典的には重症の冠動脈疾患を基礎として心機能低下をきたして,拡張型心筋症に類似した左室拡大と収縮障害をきたした病態と定義されてきた.ところが,1995年のWHO/ISFCでは「冠動脈病変では説明できない心機能低下」を示すものと定義され,従来のものは虚血性心筋症とはよばないことになり多少混乱を生じてきた.この概念は2008年に発表された欧州心臓病学会(ESC)の分類でも踏襲されており,心筋症の定義は「冠動脈疾患・高血圧・弁膜症・先天奇形によるものではない,構造的・機能的異常を伴う心筋疾患」とされている.
 しかしながら,実際の臨床上は冠動脈疾患を合併した心機能低下例が虚血性心筋症とよばれることが多いため,2011年日本循環器学会ガイドラインでは,「臨床的に類似した心筋症疾患群の基本病態」の1つとして,虚血性心筋症を定義している(友池ら,2011).
 ここでは,「慢性虚血を原因とする拡張型心筋症に類似した左室の拡大と収縮機能の低下を特徴とする重症虚血性心疾患」と定義されている.
病因・病態生理
 虚血性心筋症の大部分は,大きな陳旧性心筋梗塞を基礎としてこれによる左室収縮障害や前述の心室リモデリングによる左室拡大を背景とする.これ以外には,狭心症など心筋虚血発作を繰り返し起こすことによって惹起された重症心筋虚血が原因になることがあり,この場合には強い虚血発作の後に遷延する気絶心筋(stunned myocardium)や慢性的血流不足により生じる冬眠心筋(hibernating myocardium)が左室収縮低下の主因となる. さらに,頻度は少なくなるが貧血や睡眠時無呼吸症候群などによる心筋の低酸素状態も原因となる.
臨床症状 
自覚症状としては,狭心症など心筋虚血発作を生じる場合もあるが,むしろ胸痛のない無症候性心筋虚血による虚血エピソードが繰り返し起こった結果,呼吸困難など心不全症状で発症し,後に虚血性心筋症であったとわかる場合が少なくない.
 身体診察や一般検査では,心不全徴候としてのうっ血所見(頸静脈怒張,肺胞性クラックル,ギャロップリズム(gallop rhythm),浮腫,胸部X線写真での肺血管陰影増強,BNP上昇など),および心筋傷害(心電図でのQ波や心室内伝導障害など),左室拡大・収縮力低下所見(心臓超音波検査など)がメインである.
 過去に冠動脈疾患の病歴がない場合には,通常拡張型心筋症と診断されてしまうことがあるが,特に動脈硬化の危険因子を有する例の場合には,Holter心電図でのST解析,ドブタミン負荷エコー,心臓核医学検査(脂肪酸シンチグラフィなど)などで心筋虚血の存在を確認することが必要である.最近は,冠動脈CTによる冠動脈病変の評価が可能になったため,虚血性心筋症と拡張型心筋症の鑑別が容易になった.ただ冠動脈CT所見はあくまで形態学的なものであるため,上記のような機能的検査所見を合わせて,虚血性心筋症と診断することが重要である.
治療・患者管理
 一般に虚血性心筋症の予後は拡張性心筋症よりも不良であるといわれている.予後予測因子としては,慢性心不全の指標である左室駆出率や血漿BNP濃度などに加えて冠動脈病変の重症度が重要な因子となる. 
したがって治療は,①心筋虚血改善を目的とした冠動脈病変に対する治療,②慢性心不全に対する治療の2つの軸に分けられる.心筋虚血に対する治療は,慢性冠動脈疾患の治療と同様に,適正な内科治療に加えて適応を吟味した冠動脈血行再建術(経皮的冠動脈インターベンション,冠動脈バイパス術)が行われる.特に冠動脈病変末梢の心筋バイアビリティの評価が重要で,血行再建により心機能の改善が見込める部位に対して適切な手段を用いて行うことが重要である.
 もう一方の軸である慢性心不全に対する治療は,他項で詳しく述べられているのでここでは触れないが,多数の慢性心不全・心筋梗塞後症例に対する大規模臨床試験結果から,アンジオテンシンⅡ阻害薬(ACE阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)とβ遮断薬が薬物療法の基本であること,これにアルドステロン拮抗薬を併用することで予後改善効果が認められること,心臓再同期療法や植え込み型除細動器などのデバイス治療の適応も広がってきていることがポイントとなる.[川名正敏]
■文献
髙野照夫,他:急性心筋梗塞(ST上昇型)の診療に関するガイドライン.Circulation Journal, 72, SupplementⅣ,日本循環器学会,2008.
友池仁暢,他:拡張型心筋症ならびに関連する二次性心筋症の診療に関するガイドライン.循環器病の診断と治療に関するガイドライン,日本循環器学会,2011.http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2011_tomoike_h.pdf
山口 徹,他:急性冠症候群の診療に関するガイドライン(2007年改訂版),日本循環器学会,2007.http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2007_yamaguchi_h.pdf

出典:内科学 第10版
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六訂版 家庭医学大全科

心筋梗塞(急性心筋梗塞/陳旧性心筋梗塞)
しんきんこうそく(きゅうせいしんきんこうそく/ちんきゅうせいしんきんこうそく)
Myocardial infarction (Acute myocardial infarction, Old myocardial infarction)
(循環器の病気)

どんな病気か

 狭心症(きょうしんしょう)、心筋梗塞などの虚血性(きょけつせい)心疾患は、心臓を養う冠動脈の動脈硬化(どうみゃくこうか)により血管の内腔が狭くなり、血液の流れが制限されて生じます。冠動脈が閉塞すると約40分後から心内膜側の心筋(しんきん)壊死(えし)に陥ります。これが心筋梗塞です。

 壊死は次第に心外膜側へ波状に広がり6~24時間後には貫璧性梗塞(かんぺきせいこうそく)となります。

 同じく冠状動脈の動脈硬化に基づく狭心症は心筋の壊死がなく、心臓本来のはたらきであるポンプ機能は正常に保たれているのに対し、心筋梗塞では心筋が壊死に陥ってポンプ機能が障害され、壊死が広汎に及べば心不全やショックを合併することもあります。

 最近の医学の進歩で急性心筋梗塞の死亡率は減少していますが、現在でも5~10%程度とあなどれません。急性心筋梗塞の半数には前駆症状として狭心症がありますが、残りの半数はまったく何の前触れもなしに突然発症するので、予知が難しいことが問題です。

 心筋梗塞は発症からの時間の経過で治療法、重症度も異なるので、発症2週間以内を急性、1カ月以上経過したものを陳旧性とするのが一般的です。

 陳旧性心筋梗塞の重症度は心機能(心筋壊死の大きさ)と罹患枝数(りかんしすう)(狭窄の病変がある冠動脈の数)で規定されますが、この段階になると心筋の保護と動脈硬化の進展を抑えて次の心筋梗塞の発症を防止することが重要です。動物性脂肪をひかえる、禁煙、運動などの生活習慣の改善が大きな意味をもってきます。

原因は何か

 従来、冠動脈の粥腫(じゅくしゅ)(おかゆ状の病変)は長年にわたって直線的に増大し、安定狭心症の状態から狭窄(きょうさく)度の増大とともに不安定狭心症へ、さらには内腔が完全に閉塞することにより急性心筋梗塞を発症すると考えられてきました。

 最近では、不安定狭心症や急性心筋梗塞は、冠動脈壁の粥腫の崩壊とそれに引き続いて起こる血栓の形成のために冠血流が急激に減少するという共通の病態に基づいて発症するものと考えられるようになり、まとめて急性冠症候群(きゅうせいかんしょうこうぐん)と呼ばれています。

 ただし、すべてがこれら粥腫の崩壊に基づくものではなく、狭窄度が徐々に進行したもの、また日本では冠れん縮(冠動脈の血管平滑筋の過剰な収縮)によるものも少なくありません。

 粥腫は動脈硬化により形成されます。動脈硬化は動脈が弾力性を失ってもろくなった状態で、年齢とともに徐々に進行しますが、人種差、体質や外的要因によっても進行度に違いがあります。

 冠動脈の動脈硬化を進行させる因子を冠危険因子といい、高コレステロール血症、高血圧、喫煙、糖尿病、肥満、痛風、中性脂肪、運動不足、精神的ストレスなどがあげられます。

粥腫(じゅくしゅ):コレステロールエステルを中心とした脂質成分、線維などの細胞外マトリックス、平滑筋細胞やマクロファージなどの細胞成分からなる。

症状の現れ方

 急性心筋梗塞は多くの場合、胸部の激痛、絞扼感(こうやくかん)(締めつけられるような感じ)、圧迫感として発症します。胸痛は30分以上持続し冷や汗を伴うことが多く、重症ではショックを示します。胸痛の部位は前胸部、胸骨下が多く、下顎(かがく)頸部(けいぶ)、左上腕、心窩部(しんかぶ)に放散して現れることもあります。随伴症状として呼吸困難、意識障害、吐き気、冷や汗を伴う時は重症のことが多いとされています。

 高齢者では特徴的な胸痛でなく、息切れ、吐き気などの消化器症状で発症することも少なくありません。また、糖尿病の患者さんや高齢者では無痛性のこともあり、無痛性心筋梗塞は15%程度に認められます。

 狭心症の患者さんで、症状の程度がいつもより強くなったり、回数が頻回になったり、軽い労作で誘発されるようになった場合には、不安定狭心症や心筋梗塞に移行する可能性があるので、ただちに専門医を受診するのが安全でしょう。

検査と診断

 急性心筋梗塞は前記のような特徴的な強い持続性の胸痛と、心電図の所見、血清酵素の上昇から診断されます。心電図検査は簡便ですが、急性心筋梗塞の診断に極めて有用です。

 発症直後ではT波の増高だけしか認められず、専門医でないと見逃すこともありますが、2~3時間後には特徴的なST上昇が認められます。心電図のST上昇を示す誘導箇所から心筋梗塞の場所、どの冠動脈が閉塞しているかがわかります。さらに時間が経過するとR波が減高し、Q波の出現を認めるようになります。

 ただし、心臓の後ろ側の心筋梗塞など一部の症例では、急性期でもST上昇を認めず、ST低下として表現されることもあるため診断が難しいこともあります。

 このような場合には心エコー検査で心筋の壁運動を観察して診断の補助とします。また、胸痛の原因が心筋梗塞なのか大動脈解離などの他の病気であるのかの鑑別診断にも心エコー検査は有用です。慢性期の陳旧性心筋梗塞では、梗塞の部位に一致した誘導で異常Q波と陰性T波を認めます。

血液・生化学検査

 心筋梗塞の急性期には壊死に陥った心筋から心筋逸脱(いつだつ)酵素(CK、CK­MB、GOT、LDHなど)が放出され、血液中で上昇します。最近はベッドサイドで簡単に測定できるトロポニン、心臓型脂肪酸結合蛋白の測定が有用です。

 しかし、いずれの酵素も心筋梗塞の発症から血液中で上昇を始めるまでには時間的にずれがあり、いちばん早く上昇するとされるCK、トロポニンでも血液中で上昇してくるのは発症3時間後ぐらいからです。したがって、発症直後であればたとえ心筋逸脱酵素が上昇していなくても、急性心筋梗塞を否定することはできず、必要があれば時間を追って繰り返し測定しなければなりません。

 発症早期にはミオグロビンの測定が有用ですが、心筋特異性が低いのが欠点です。またGOTは肝障害や溶血(ようけつ)で上昇し、CKは骨格筋にも多く含まれているので、運動後や筋肉注射後にも上昇します。その鑑別には、心筋に特異性の高いCK­MBの測定が有用です。

治療の方法

 急性心筋梗塞の治療は一般的治療と特殊治療に分けられます。急性心筋梗塞は梗塞の範囲が広いほど予後が不良になるので、できるだけすみやかに詰まった冠動脈を再開通させる治療(再灌流(さいかんりゅう)療法)が重要です。

 再灌流療法には、静脈ないし冠動脈から血栓を溶解させる薬物(組織プラスミノーゲンアクチベータ)を注射する方法(血栓溶解療法(けっせんようかいりょうほう))と、カテーテル検査に引き続いてバルーンによる拡張術やステントを留置する方法(冠動脈インターベンション)があります。

 血栓溶解療法には出血性合併症の問題があり、血栓が溶けても高度の狭窄病変が残ることも多く、日本ではインターベンション治療が一般的に行われています。発症6時間以内であれば、再灌流療法により心筋壊死の範囲を狭くすることが可能とされ、一般的には12時間以内がインターベンション治療の適応とされています。

 一般的治療として数日間の安静・絶食、鎮痛薬、安定薬の投与、酸素吸入が必要です。抗血栓薬としてアスピリンは急性期から投与し、継続的に心電図を監視して重症の心室性不整脈が現れるのに対応できるようにします。

 心筋梗塞後には、生命予後の改善効果が示されているACE阻害薬ないしアンジオテンシン受容体阻害薬を投与する。さらにβ(ベータ)遮断薬も死亡率を減少させることが明らかにされています。ただし、日本人には血管けいれんによる狭心症も多く、β遮断薬の使用には注意が必要です。日本ではカルシウム拮抗薬もβ遮断薬と同等に有用とされています。

 退院前には生活習慣を是正して、必要があればコレステロール低下薬(スタチン製剤)などを服用して、長期予後の改善を図る必要もあるでしょう。

病気に気づいたらどうする

 重症な病気なので、前記のような強い胸痛があればすみやかに救急車で専門医の診察を受けることが大切です。また、普段から病気にならないよう、生活習慣の改善に努めることが何より重要です。

西山 信一郎

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EBM 正しい治療がわかる本

心筋梗塞
どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 心臓の筋肉(心筋(しんきん))に酸素や栄養を送り込む血液の流れが、著しい動脈硬化(どうみゃくこうか)や血栓(けっせん)のために完全に止まってしまう状態が心筋梗塞です。血流が止まった先の心筋には酸素や栄養がまったく供給されなくなるので、やがて心筋の細胞は壊死(えし)(細胞や組織の死)していきます。狭心症(きょうしんしょう)がさらに悪化した段階といえます。
 ほとんどの患者さんで、しめつけられるような耐え難い痛みがおこります。あまりの苦痛でいまにも死んでしまうのではないかという恐怖感や不安感に襲われ、冷や汗、吐き気や嘔吐(おうと)、便意などがみられることもあります。
 痛みは30分から数時間続き、ときには数日間にわたる場合もあります。ただし、意識を失って転倒する、息苦しさを感じる、急に発熱するといった胸の痛みを伴わない症状で始まることもあります。とくに高齢者や糖尿病をもった患者さんや女性は、このような典型的でない症状から始まることが多いので、注意が必要です。
 痛みは前胸部(ぜんきょうぶ)に生じることがもっとも多く、胸全体に痛みがおこることもあります。また、首や顎(あご)、背中、左肩、左腕、上腹部(じょうふくぶ)までの広い範囲に痛みを感じる患者さんもいます。
 しばしば心筋梗塞に伴い、不整脈(ふせいみゃく)をおこすことがあり、これが突然死の原因になることもあります。
 心筋梗塞は危険な病気で、発病直後に死に至ることもまれではありません。発病後、どれだけ早くしかるべき施設で必要な処置を受けるかによって、その後の状態が左右されます。心筋梗塞が疑われる症状があれば、すぐに病院を受診し、評価を受け、その可能性が高ければ、循環器専門の施設でなるべく早く検査・治療を開始しなければなりません。
 発症後、すぐに適切な処置を行えば、ショック、心不全(しんふぜん)、不整脈がおこる危険性は日ごとに減っていき、再発作がおこらない限り、死亡の危険性はかなり小さくなります。その後の経過は、早めに治療を行うことで心臓のダメージをどの程度くい止めることができたかによって大きく変わってきます。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 全身の血液を循環させる役目を担っているのが心臓ですが、その筋肉(心筋)を動かすためのエネルギー源となる酸素や栄養を供給しているのが冠動脈(かんどうみゃく)です。そこにできた血のかたまり(血栓)が血管を塞いでしまうと、心筋は酸素や栄養を受けとることができなくなります。やがて心臓の細胞が死んでいき、激しい痛みを引きおこします。この状態が心筋梗塞です。

●病気の特徴
 心筋梗塞は急性冠症候群(きゅうせいかんしょうこうぐん)という臨床疾患群(共通の原因や症状を示す病気のグループ)に含まれます。急性冠症候群は、冠動脈に形成されたプラーク(動脈硬化の結果、傷ついた血管にコレステロールが沈着してかたまりになったもの)が破れたり、血管の壁にできた傷に血栓ができたりすることによって、冠動脈が閉塞し、心筋の虚血がおこる一連の病気を指します。また心筋梗塞は心電図波形により、ST上昇型と非ST上昇型に大別されます。
 心筋梗塞はとくに欧米諸国での発症頻度が高い病気ですが、わが国でも高齢者の人口が増えていくにつれて、患者数は増え続けています。急性心筋梗塞に限ると、発症数は年間約15万人で、そのうち30パーセントが死亡しています。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]酸素吸入を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 心筋梗塞を発症すると血液が酸素不足におちいる軽度低酸素血症(けいどていさんそけっしょう)をおこします。そのため酸素吸入が行われます。低酸素血症の程度が著しい場合には、非侵襲的陽圧呼吸(ひしんしゅうてきようあつこきゅう)(NPPV)や人工呼吸器による呼吸管理が行われます。(1)~(3)

[治療とケア]薬によって激しい痛みを除く
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 痛みに対しては十分な量の鎮痛薬(モルヒネ塩酸塩)を用います。痛みが持続すると、心筋の酸素消費を増加させ、梗塞範囲が拡大するためです。(1)(2)

[治療とケア]発作による不整脈を予防する
[評価]★→
[評価のポイント] 以前は、心筋梗塞に伴って発生する心室性の不整脈を予防するために、抗不整脈薬が予防的に用いられていました。しかし、これによって心室性不整脈は抑制されるものの、死亡率が逆に高くなる結果が報告されたため、予防投与は行われなくなっています。(1)

[治療とケア]できた血栓の進展を防ぐために、薬を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 急性心筋梗塞にアスピリンを用いると、その後の再発作などが減少するので、アレルギーなどで使用できない患者さん以外は必ず使用します。冠動脈に対してステント留置を行う場合には、これに加えてクロピドグレル硫酸塩、ヘパリンナトリウムを併用します。これらは非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。(1)(2)(4)

[治療とケア]再灌流(さいかんりゅう)療法を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 再灌流療法とは、閉塞した冠動脈を再び開通させる療法のことをいいます。再灌流療法の一つは「経皮的冠動脈再建術(冠動脈インターベンション)」、もう一つは「冠動脈バイパス術」です。
 冠動脈インターベンションは血管内に細い管(カテーテル)を通し、つまった冠動脈にステントという金属性の筒を入れて補強する療法です。この治療をできるだけ早く行うことで予後が改善することが信頼性の高い臨床研究で明らかになっています。
 冠動脈バイパス術は、つまっている冠動脈より下の部分と大動脈とを、体のほかの場所の血管を移植してつなぐものです。冠動脈インターベンションができない場合や血行回復に失敗した場合には、緊急で冠動脈バイパス術が行われます。(1)(2)(5)

[治療とケア]血栓溶解療法を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 血栓溶解療法は、血栓溶解薬を使って血栓を溶かす療法です。血栓溶解療法はカテーテルによる冠動脈インターベンションと併用されることもあります。血栓溶解薬は、発症後早期に使用すると有効であると報告されていますが、出血傾向を高めるため、使用される患者さんの既往歴などに注意を払う必要があります。(6)(7)

[治療とケア]再発予防のための薬を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 心筋梗塞の再発を予防するために、抗血小板薬、ACE阻害薬(そがいやく)、β遮断薬を用います。β遮断薬が使用できない場合はカルシウム拮抗薬(きっこうやく)を用います。これは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。(8)~(10)

[治療とケア]高血圧の予防、あるいはすでに高血圧の場合は血圧のコントロールを十分に行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 心筋梗塞の患者さんでは、高血圧は発作などの危険因子となるので、ACE阻害薬、β遮断薬、カルシウム拮抗薬などの降圧薬で血圧をコントロールします。これは臨床研究によって効果が確認されています。(8)

[治療とケア]悪玉コレステロールが高くならない食事に変える
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 脂質異常症がある場合には食事療法を行い、LDLコレステロールが目標値まで低下しない場合には脂質異常症治療薬(スタチン系薬)を用います。これは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。(11)

[治療とケア]糖尿病を良好にコントロールする
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 糖尿病は動脈硬化の重要な危険因子の一つです。糖尿病を良好にコントロールすることによって、心筋梗塞の再発が予防されます。(8)

[治療とケア]適度な運動を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 適切な運動プログラムの処方に従って運動を行うと、心肺機能や生活の質(QOL)の改善が得られ、心筋梗塞の発作や死亡の危険性が低下します。これは臨床研究によって効果が確認されています。(12)

[治療とケア]禁煙をする
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 禁煙をすることにより心筋梗塞の再発や死亡が減少します。これは臨床研究によって効果が確認されています。(13)


よく使われている薬をEBMでチェック

血栓溶解薬
[薬用途]t-PA
[薬名]クリアクター(モンテプラーゼ)(6)(7)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] これらの血栓溶解薬を発症6時間以内に使用すると有効であると報告されています。

抗血栓薬
[薬名]ヘパリンナトリウム(ヘパリンナトリウム)(1)(2)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] ヘパリンナトリウムの投与によって再灌流が得られることもあり、診断と同時に使用されます。

抗血小板薬
[薬名]バイアスピリン(アスピリン)(1)(2)(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]プラビックス(クロピドグレル硫酸塩)(1)(2)(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 抗血小板薬は非常に信頼性の高い臨床研究によって、その後の発作が減少することが確認されています。最近では、冠動脈インターベンション後に、使用されたステントが再狭窄しないように、薬剤を塗布したステントの使用が主流になりつつあります。このステントの中に血栓ができてしまわないように、抗血小板薬を2種類内服する必要があります。

鎮痛薬
[薬名]塩酸モルヒネ(モルヒネ塩酸塩)(1)(2)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 胸痛のコントロールを行うことで壊死部分の拡大を抑制します。またモルヒネ塩酸塩には血管拡張効果も報告されています。

再発を予防する薬
[薬用途]ACE阻害薬
[薬名]レニベース(エナラプリルマレイン酸塩)(8)(9)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 心臓の機能が低下している人や糖尿病・高血圧などを合併したリスクのある人に有効といわれており、心筋梗塞発症24時間以内の導入が推奨されています。
[薬用途]β遮断薬
[薬名]メインテート(ビソプロロールフマル酸塩)(8)(10)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 心血管イベントや不整脈の再発、心不全の予防効果が示されています。その効果は、心機能が低下している人、心室性不整脈をおこしたことのある人に、とくに認められています。
[薬用途]HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン系薬)
[薬名]メバロチン(プラバスタチンナトリウム)(8)(11)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]リポバス(シンバスタチン)(8)(11)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 脂質異常症がある場合、悪玉コレステロールといわれるLDLコレステロールを基準値以下に抑えるために、HMG-CoA還元酵素阻害薬が用いられます。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
信頼性の高い臨床研究の結果、確立された治療法
 心筋梗塞は、とくに欧米諸国で発症頻度が高く、死亡原因の大多数を占めていたこともあり、膨大な研究資金が投入されて、精力的に臨床研究が行われてきました。
 心筋梗塞を発症したときには、まずは血液をサラサラにする薬(抗血栓薬)を使用して、そのうえで、できるだけ早急に閉塞した血管を広げる経皮的冠動脈再建術(冠動脈インターベンション)を行います。冠動脈バイパス術も行われますが、日本では血管のつまっている箇所が数カ所にあり、冠動脈インターベンションができないか、うまくいかなかった場合に行われています。欧米ではもう少し広く行われていて、その適応については今後の検討課題となっています。

再発防止には、ライフスタイルの改善を
 心筋梗塞の急性期を乗り切ったあとも、ほとんどの患者さんは再発を防ぐために薬物治療やライフスタイルの改善を続ける必要があります。
 動脈硬化を促進する「危険因子」を取り除くために、禁煙に加えて、脂質異常症の改善(低コレステロール食、薬物治療)、肥満の改善(低エネルギー食、運動)、糖尿病のコントロール(適切なエネルギー量の食事、運動、薬物治療)、高血圧のコントロール(食塩制限、体重のコントロール、運動、薬物治療)も必要です。

(1)循環器病ガイドシリーズ. ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン (2013年改訂版). http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2013_kimura_h.pdf
(2)循環器病ガイドシリーズ. 非ST上昇型急性冠症候群の診療に関するガイドライン (2012年改訂版) . http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2012_kimura_h.pdf
(3)Maroko PR, Radvany P, Braunwald E, et al. Reduction of infarctsize by oxygen inhalation following acute coronary occlusion. Circulation. 1975;52:360-368.
(4)Juul-Moller S, Edvardsson N, Jahnmatz B, et al. Double-blind trialof aspirin in primary prevention of myocardial infarction in patients with stable chronic angina pectoris. The Swedish Angina Pectoris Aspirin Trial (SAPAT) Group. Lancet. 1992;340:1421-1425.
(5)Shiomi H, Nakagawa Y, Morimoto T, et al. CREDO-Kyoto AMI investigators. Association of onset to balloon and door to balloon time with long term clinical outcome in patients with ST elevation acute myocardial infarction having primary percutaneous coronary intervention: observational study. BMJ. 2012;344:e3257.
(6)Bonnefoy E, Lapostolle F, Leizorovicz A, et al. Primaryangioplasty versus prehospital fibrinolysis in acute myocardialinfarction: a randomised study. Lancet. 2002;360: 825-829.
(7)Widimsky P, Budesinsky T, Vorac D, et al. Long distance transportfor primary angioplasty vs immediate thrombolysis in acutemyocardial infarction. Final results of the randomized nationalmulticentre trial―PRAGUE-2. Eur Heart J. 2003;24:94-104.
(8)循環器病ガイドシリーズ.心筋梗塞二次予防に関するガイドライン (2011年改訂版).http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2011_ogawah_h.pdf
(9)ISIS-4: a randomised factorial trial assessing early oral captopril, oral mononitrate, and intravenous magnesium sulphate in 58,050 patients with suspected acute myocardial infarction. ISIS-4 (Fourth International Study of Infarct Survival) Collaborative Group. Lancet. 1995;345:669-685.
(10)The Beta-Blocker Pooling Project Research Group. The Beta-Blocker Pooling Project (BBPP): subgroup findings from randomized trials in post infarction patients. Eur Heart J. 1988;9:8-16.
(11)Sacks FM, Pfeffer MA, Moye LA, et al. The effect of pravastatin on coronary events after myocardial infarction in patients with average cholesterol levels. Cholesterol and Recurrent Events Trial investigators. N Engl J Med. 1996;335:1001-1009.
(12)May GS, Eberlein KA, Furberg CD, et al. Secondaryprevention after myocardial infarction: a review of long-termtrials. ProgCardiovasc Dis. 1982;24:331-352.
(13)Willett WC, Green A, Stampfer MJ, et al. Relative andexcess risks of coronary heart disease among women whosmoke cigarettes. N Engl J Med. 1987;317:1303-1309.

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