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徴兵制【チョウヘイセイ】

デジタル大辞泉

ちょうへい‐せい【徴兵制】
国家が一定年齢の国民兵役義務を課して強制的に軍隊に入隊させる制度。日本では、明治6年(1873)発布徴兵令に始まり、昭和20年(1945)に廃止。

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世界大百科事典 第2版

ちょうへいせい【徴兵制 conscription】
国民に強制的兵役義務を課し,所要の兵力を調達する,兵役制度の一種。国民からすすんで兵役に服するものを募集し軍隊を編成する志願兵制度(職業軍,広くは義勇兵傭兵をも含む)との対比では,徴兵制は,必任義務兵制度の一種である。必任義務兵制度には,徴兵制のほかに民兵制がある(民兵)。民兵制が平時には日常業務に従事する国民を非常時に国軍として編成する制度であるのに対し,徴兵制は,平時においても一定年齢に達した国民の有資格者から一定数の精兵を選択徴募し,平時編成部隊に一定期間編入して教育・訓練をほどこし,逐次新陳交代させて所要兵力を確保したうえ,非常時に際してこれらを召集し戦時編成を整える制度である。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ちょうへいせい【徴兵制】
国民に兵役義務を課し、強制的に軍隊に編入する制度。日本では1873年(明治6)徴兵令が出され、当初は種々の免役規定があったが、89年徴兵猶予の制を廃止、国民皆兵による天皇制軍隊が確立し、敗戦まで続いた。徴兵制度。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

徴兵制
ちょうへいせい
軍隊において軍務につく兵役制度の一種。国民に兵役の義務を課し、強制的に兵士として軍隊に徴集する制度である。徴兵を拒否すると罰せられる。自由意志に基づく志願兵を募集し軍隊を構成する志願兵制と対比される。武器をとって国の防衛に加わることは国民の義務であるとする思想に基づくもので、徴兵制を採用する多くの国で憲法に「国防の義務」が規定され法的根拠となっている。「国防の義務」に従い「兵役の義務」が課せられる。国防を国民の義務とするか否か。ここが徴兵制を選択するか志願兵制を選択するかの分岐点となる。国民皆兵思想に基づき全国民に兵役の義務を課すことを一般兵役義務制とよぶ。
 現代まで続く近代的徴兵制の原点は、1789年のフランス革命にまでさかのぼる。王制を倒し国民が主権者たる国民国家となったフランスは、国防の主体も国王から主権者である国民に移ることとなった。国防は国民の責任となり義務とされた。ここに国民皆兵という思想が生まれ、フランスのみならず新たに国民国家となったヨーロッパの大陸諸国によって広く受け入れられた。各国で国民皆兵に基づく徴兵制が導入され、その結果、傭兵(ようへい)とプロの志願兵により構成されていた18世紀までの軍隊は、徴兵制を通じて一般の国民が軍事訓練を受け武装した大規模な「大衆軍隊」へと変容していった。各国の軍隊の規模は数万人から数十万、百万人を超える規模にまで拡大し、19世紀を通してヨーロッパの国際秩序を劇的に変えることとなる。
 徴兵制を理解するうえでは、国民が法的に「兵役の義務」を負うことと、実際にどれだけの国民が軍隊に徴兵されるかは分けて理解する必要がある。どのような徴兵制においても免除規定が存在する。近代の徴兵制は1814年のプロイセン兵役法によって一般兵役義務制が確立したとされるが、徴兵制の実際は、各国の政治的、軍事的、財政的、社会的、宗教的事情を反映して多岐にわたる。徴兵適齢に達した者は、徴兵検査を受け兵役に耐えうるかどうか、おもに健康上の検査を受ける。この検査に合格した者が徴兵候補者となり、この候補者のなかから実際の徴兵が行われる。しかし、かならずしも徴兵検査に合格した者すべてが徴兵されるわけではない。
 国民皆兵思想をもっとも体現した徴兵制は、男女を問わず兵役に適する国民のほとんどすべてを徴兵する方式で、イスラエル、北朝鮮といったつねに厳しい軍事的緊張に置かれている国で実施されてきた。徴兵検査に合格した男子のすべてと多くの女子が実際に兵役につく。しかし、こうした国はまれであり、男子のみを徴兵の対象とするのが一般的である。19世紀のヨーロッパ大陸諸国では、徴兵検査に合格したすべての男子が徴兵された。戦前の日本や現在の韓国、トルコ、中立国のスイス、オーストリアでもこの方式がとられている。「徴兵制」という場合、この方式をさすことが多い。一方、徴兵制を実施する多くの国では、大学進学者を猶予するなどさまざまな猶予・免除規定を設け、徴兵検査合格者のなかから選択的に徴兵する方式が主流となっている。タイのようにくじ引きによって徴兵される者を決める国もある。徴兵制と志願兵制を組み合わせた方式をとる国も多く、中国では志願兵制を基本とし足りない兵力を徴兵制により充足する方式がとられている。
 宗教的、思想・心情的理由から兵役を受け入れがたい者に対しては、良心的兵役拒否(良心的兵役忌避)の選択肢が提供されるのが一般的である。徴兵を拒否する者は、国境警備隊、警察、消防、民間防衛といった公的なサービスや病院、福祉施設などで徴兵と同程度の期間、勤務することで代替役務とすることができる。ヨーロッパ諸国を中心として、多くの徴兵制採用国にはこうした制度が設けられているが、韓国、北朝鮮、トルコには、良心的兵役拒否の制度はなく、徴兵拒否は厳しく罰せられる。
 明治以降の日本における近代的徴兵制は、1873年(明治6)制定の徴兵令に始まる。この徴兵令は一種の選抜徴兵制であったため不公平感が広まり、徴兵逃れが横行したこともあり全国で激しい反対運動を引き起こした。1889年には、大日本帝国憲法が制定され第20条において「兵役の義務」が定められた。同じ年、徴兵令は大改正され、一般兵役義務制に基づく国民皆兵が規定された。この改正により、徴兵検査に合格した男子のほとんどが実際に徴兵されることとなり、大日本帝国憲法下における日本の徴兵制が確立された。満17歳から満40歳までの男子に兵役義務が課せられ、兵役は常備兵役(現役および予備役)、後備兵役および国民兵役に分けられ(のちに補充兵役が加えられた)、満20歳から3年間現役に服するものとされた。1927年(昭和2)に徴兵令は全面改正され、新たに兵役法が制定された。兵役法は、実質的には徴兵令の内容を受け継いだもので、日中戦争開始以後は兵力増強のために何度も改正された(1943年末徴兵適齢の1年引下げなど)。兵役法は、太平洋戦争の敗戦により1945年(昭和20)廃止された。第二次世界大戦後、日本においては、一貫して志願兵制が維持され自衛隊が構成されている。徴兵制は日本国憲法に違反するとされている。
 冷戦の終結以降、ヨーロッパ諸国においては徴兵制を廃止する国が相次いでいる。1995年にベルギー、1997年にオランダ、2001年にフランス、スペイン、2003年にスロベニア、2004年にイタリア、チェコ、ハンガリー、ポルトガル、2006年にスロバキア、ルーマニア、ラトビア、2007年にブルガリア、2008年にリトアニア、2010年にスウェーデン、2011年にドイツ、2013年にウクライナが徴兵制の廃止を決定するか実行している。しかし、2010年以降、再度、徴兵制を復活させる国が出てきている。スウェーデン、リトアニア、ウクライナは「ロシアの脅威」を、フランスは「テロとの戦い」を理由として徴兵制の復活を決めるか検討している。[山本一寛]

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