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律令制度【りつりょうせいど】

旺文社日本史事典 三訂版

律令制度
りつりょうせいど
律令格式を基本法とする政治体制
7世紀後半から10世紀半ばまで律令体制が続いたが,官職の制度としては11世紀以後も続いた。明治維新で太政官制が復活したが,1885年内閣制度施行で消滅した。645年の大化の改新で律令国家建設の第一歩をふみ出し,天智朝の近江令,天武持統朝の飛鳥浄御原 (あすかきよみはら) 令を経て,文武朝の大宝律令で唐制を範として律令制度は大成された。中央の政治機構として太政官と神祇官があり,太政官は八省を統べて行政を担当。官位相当制のもとに官庁には四等官の制があり,地方には国司が派遣され郡司が任命されて地方行政をつかさどった。6年ごとに戸籍をつくり,班田収授法によって公民に口分田を与えるとともに,租を徴収した。その他,成年男子に庸・調などを負担させ,また兵役を課した。租はおもに地方財政を,庸・調は中央財政をまかなった。五位以上の貴族には数々の特権が与えられ,百数十人の貴族が約1万人の下級官人を配下に,500〜600万人と推定される全国の人民を支配していたのが,8世紀の様相である。以後,格式や令外官 (りようげのかん) による行政が行われ,班田制が実施されず荘園制が広がり,10世紀後半には摂関政治が本格的に展開した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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