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式亭三馬【しきてい さんば】

美術人名辞典

式亭三馬
江戸後期の戯作者江戸生。本名は菊地久徳。又は太輔。別号は本町庵・四季山人等。通称は西宮太助。父・茂兵衛は板木師。早くから書肆に奉公、自身も古本屋を営む。黄表紙に始まり敵討物等を手がけ、合巻形式流行の端緒をつくる。本領は滑稽本『浮世風呂』浮世床』の代表作がある。文政5年(1822)歿、48才。

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デジタル大辞泉

しきてい‐さんば【式亭三馬】
[1776~1822]江戸後期の草双紙洒落本滑稽本作者。江戸の人。本名、菊地久徳。本屋に奉公し、のち薬屋を営んだ。江戸庶民の町人気質を会話を主にして描写。滑稽本「浮世風呂」「浮世床」、合巻「雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

式亭三馬 しきてい-さんば
1776-1822 江戸時代後期の戯作(げさく)者。
安永5年生まれ。書肆(しょし)ではたらき,のち古本屋,薬屋をいとなむ。19歳で黄表紙「天道浮世出星操(てんどううきよのでづかい)」を発表以来,合巻,滑稽(こっけい)本を中心に百数十点を発表。代表作に「侠太平記向鉢巻(きやんたいへいきむこうはちまき)」「浮世風呂」「浮世床」など。文政5年閏(うるう)1月6日死去。47歳。江戸出身。姓は菊地。名は泰輔。字(あざな)は久徳。通称は西宮太助。別号に遊戯堂,四季山人など。
【格言など】世の中は化け物は怖(こお)ないが馬鹿ものがこわいという(「浮世床」)

出典:講談社
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江戸・東京人物辞典

式亭三馬
1776〜1822(安永5年〜文政5年)【滑稽本作家】江戸弁の会話を巧みに取り入れた「浮世風呂」「浮世床」で、庶民生活を活写。 江戸後期の草双子・滑稽本作家。浅草で版木師の家に生まれる。はじめ書店、のち薬屋を営みながら著作に従事。滑稽本『浮世風呂』『浮世床』では、庶民の社交場である湯屋と髪結床での会話を江戸弁で活写した。草双子を数冊とじた合巻ものの人気を高めた端緒を開いたことでも知られる。

出典:財団法人まちみらい千代田
監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
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世界大百科事典 第2版

しきていさんば【式亭三馬】
1776‐1822(安永5‐文政5)
江戸後期の洒落本・滑稽本・黄表紙・合巻作者。姓は菊地,名は久徳,または太(泰)輔,通称は西宮太助。別号は本町庵(ほんちようあん),四季山人,哆囉哩楼(たらりろう)主人など。江戸浅草田原町に生まれた。父茂兵衛は八丈小島の為朝明神の祠官菊地壱岐守の庶子というが,板木師であった。幼くして戯作を好み,書肆堀野屋に奉公し,またおなじく万屋(よろずや)に聟入りしたこともあり,戯作の修業を積んだ。のち旧主堀野屋の妹と結婚して虎之助(式亭小三馬)をもうけ,日本橋本町に化粧品・売薬店を経営して化粧水〈江戸の水〉,売薬〈仙方延寿丹〉などを売り出して成功するなど,商才もあった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しきていさんば【式亭三馬】
1776~1822) 江戸後期の戯作者げさくしや。本名、菊地久徳。別号、遊戯堂・四季山人など。江戸の人。版木師の子。書肆しよしに奉公し、のち薬商を営む。黄表紙・洒落本・草双紙・滑稽本などを多く著す。特に、江戸市井のさまざまな人を、会話を主に皮肉をまじえて活写した滑稽本で有名。その作「雷太郎いかずちたろう強悪物語」は合巻の嚆矢こうしとされる。著「浮世風呂」「浮世床」

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

式亭三馬
しきていさんば
[生]安永5(1776).江戸
[没]文政5(1822).閏1.6. 江戸
江戸時代後期の戯作者。本名,菊地久徳。号,四季山人,遊戯道人,たら哩楼 (たらりろう) ,本町庵など。少年時から書店に奉公して戯作とかかわり,寛政6 (1794) 年黄表紙『天道浮世出星操 (てんどううきよのでずかい) 』などで文壇に登場。同 11年『侠太平記向鉢巻 (きゃんたいへいきむこうはちまき) 』が江戸火消し人足のけんかをモデルとしたことから筆禍事件を起し,50日の手鎖に処せられた。文化3 (1806) 年刊『雷太郎強悪 (いかずちたろうごうあく) 物語』は合巻 (ごうかん) の嚆矢とされる。同6年の滑稽本『浮世風呂』は精細な写実によるおかしみで人気を博し,同趣向の『浮世床』と並んで三馬の代表作となった。江戸,本町2丁目に化粧品店を営む一方,黄表紙,洒落本,滑稽本など数多くの作品を刊行。ほかに洒落本『辰巳婦言 (たつみふげん) 』,滑稽本『親讐胯膏薬 (おやのかたきうちまたこうやく) 』 (05) ,『酩酊気質 (なまえいかたぎ) 』 (06) などの作品がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

式亭三馬
しきていさんば
(1776―1822)
江戸後期の洒落本(しゃれぼん)・滑稽本(こっけいぼん)・黄表紙(きびょうし)・合巻(ごうかん)作者。本名菊地久徳、また太輔(泰輔)(たいすけ)。通称西宮太助(にしのみやたすけ)。別号本町庵(ほんちょうあん)、四季山人(しきさんじん)哩楼(たらりろう)など。江戸・浅草田原町に生まれた。父の茂兵衛は板木(はんぎ)師で、八丈小島為朝(ためとも)大明神の祠官(しかん)菊地壱岐守(いきのかみ)の庶腹という。早く書肆(しょし)に奉公して戯作(げさく)に親しみ、若くして戯作者となった。淡泊な性格で、市井(しせい)の江戸人らしく、酒好きでけんか早く、かんしゃくもちであったと伝えられるが、商才もあり、日本橋本町に売薬・化粧品の店を経営して、自身創案の化粧水「江戸の水」や歯みがき粉を売り出して成功している。一子虎之助(とらのすけ)も式亭小三馬と称して、戯作者であった。
 処女作は19歳で発表した黄表紙『天道浮世出星操(てんとううきよのでづかい)』(1794)であり、以後江戸戯作の正統を自認して、寛政(かんせい)の改革以前の、軽妙な機知と洒落を生命とした黄表紙の作風を継承しているが、時流には勝てず、流行の敵討物(かたきうちもの)『雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)』(1806)を発表し、合巻形式流行のきっかけをつくった。洒落本も執筆し、『辰巳婦言(たつみふげん)』(1798)その他は、流行の客と遊女の真情を描く作風に従いながら、細密な写生に特色をみせている。ほかに読本(よみほん)の作もあるが、本領は滑稽本であった。1806年(文化3)刊の『戯場粋言幕之外(げじょうすいげんまくのそと)』『酩酊気質(なまえいかたぎ)』を最初として、『浮世風呂(うきよぶろ)』『浮世床(うきよどこ)』の代表作のほか、『早替胸機関(はやがわりむねのからくり)』(1810)、『客者評判記(きゃくしゃひょうばんき)』(1811)、『四十八癖(しじゅうはちくせ)』(1812)、『一盃綺言(いっぱいきげん)』(1813)、『人間万事虚誕計(にんげんばんじうそばっかり)』(1813)、『古今百馬鹿(ここんひゃくばか)』(1814)などがある。それらは当時流行の江戸落語と技法的につながるものが多く、いずれも日常生活の人間の性癖、心の表裏を、ことばつきや動作まで彷彿(ほうふつ)させるような徹底した写生で、会話を主とした文章で描き、皮肉な笑いをたたえている。十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『道中膝栗毛(どうちゅうひざくりげ)』(初編、1803)のように、特殊な人物を創造しての、つくられた笑いでなく、一般社会の人々の日常生活を精細に描くことから浮かび上がる微苦笑が、三馬の滑稽本の笑いであった。[神保五彌]
『「三馬の芸術」(『潁原退蔵著作集17』所収・1980・中央公論社)』

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精選版 日本国語大辞典

しきてい‐さんば【式亭三馬】
江戸後期の戯作者、狂歌師。本名、菊地久徳。別号、本町庵、遊戯堂、哆囉哩楼(たらりろう)、四季山人など。江戸の人。薬屋を業とした。日常生活を細かく描写し、笑いと世相批判を交えた滑稽本に本領を発揮。黄表紙、洒落本、合巻の著作も多い。著「浮世風呂」「浮世床」「人間万事虚誕計」など。安永五~文政五年(一七七六‐一八二二

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