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建武式目【けんむしきもく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

建武式目
けんむしきもく
足利尊氏が発布した 17条の武家法。1巻。延元1=建武3 (1336) 年発布。従来は,尊氏が幕府の政治を施行するにあたって,その方針を鎌倉幕府評定衆であった二階堂是円真恵兄弟に諮問し,ほかに6名加えて8名で作った答申書,意見書であろうと考えられていたが,最近では,この答申書が採択され,そのままの形で公布,施行されたものとみる説が有力である。内容は,幕政開始に際しての抽象的訓戒と事務策とから成り,裁判などの規定は,すべて『御成敗式目』による方針である。なお,17条の条数は,当時の聖徳太子信仰を反映して,『十七条憲法』にならったものであろうといわれている。『群書類従』『中世法制史料集』ほか所収。

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デジタル大辞泉

けんむ‐しきもく【建武式目】
延元元年=建武3年(1336)、足利尊氏(あしかがたかうじ)が示した室町幕府の政治要綱。17か条からなる。中原是円・真恵らに諮問して政治方針をまとめさせたもの。

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世界大百科事典 第2版

けんむしきもく【建武式目】
1336年(延元1∥建武3)11月7日立法された室町幕府の法令。ただし一般の幕府法が将軍や評定会議の決定を下達する形式をとるのに対し,この法は中原是円(是円),真恵兄弟らが足利尊氏の諮問に答えた上申書の体裁をとっており,単なる意見書であって正式な制定法とはいえないとする説が古くから行われているが,現在では形式のいかんにかかわらず,実質的には制定法と同じ効力をもったとする説がむしろ定説である。 内容は,(1)幕府の所在地を鎌倉に置くか他所に移すか,(2)どのような法理によって政道を進めていくか,の2編に分かれ,(2)は聖徳太子の十七条憲法と同じく17ヵ条から成っている。

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大辞林 第三版

けんむしきもく【建武式目】
足利尊氏が、1336年(建武3)政治方針を御家人たちに示すために発した一七条の法令。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

建武式目
けんむしきもく
室町幕府の発足に際して出された法令で、施政方針の宣言とでもいうべきもの。1336年(延元1・建武3)11月7日、京都での足利尊氏(あしかがたかうじ)側と後醍醐(ごだいご)天皇側との合戦が尊氏側の勝利に終わったわずか5日後の段階で出された。尊氏が日野藤範(ひのふじのり)・玄恵法印(げんえほういん)・明石行連(あかしゆきつら)・布施道乗(ふせどうじょう)ら、幕府に近い公家(くげ)・僧侶(そうりょ)や、武家の法曹家である奉行人(ぶぎょうにん)などに今後の政道のあり方を諮問し、それに答申する形式をとっている。しかし直接起草にあたったのは公家の法曹家である中原道昭(みちあき)(是円(ぜえん))・真恵(しんえ)の兄弟である。内容は、前文で、幕府の本拠地を鎌倉に置くべきか否かが問題とされ、鎌倉は不適切で、京都が適切であると明言しているわけではないが、京都とすることが適当であると主張されている。次に本文17か条では、一般的な倹約、賄賂(わいろ)の禁止、進物の抑制、礼節・名誉を重んずることなどの道義的規定がなされ、さらに訴訟の公正、裁判手続の維持、戦乱中の京都の混乱を正し、宅地・家屋を元の持ち主に返還し、狼藉(ろうぜき)を取り締まることが定められている。幕府の支配体制としては、とくに守護に器用の人材を登用することを強調し、また無尽銭(むじんせん)・土倉(どそう)などを保護して市中の経済活動を円滑にすることを意図している。17の数は聖徳太子の十七条憲法を意識したものであろうか。さらに後文では、公家社会の延喜(えんぎ)・天暦(てんりゃく)の時代、武家社会の北条義時(よしとき)・泰時(やすとき)の時代を理想として掲げることによって、建武新政の成果をも取り入れながら、鎌倉幕府体制の継承を宣言したものである。『群書類従』、『中世法制史料集』(第2巻)、『中世政治社会思想』(上)などに所収。[羽下徳彦]

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精選版 日本国語大辞典

けんむしきもく【建武式目】
室町幕府の法令集。建武三年=延元元年(一三三六)鎌倉幕府の評定衆であった中原道昭(是円)らが、足利尊氏の諮問に答えて上申した意見書という形式をとる。幕府を京・鎌倉のいずれにおくべきかと当面の政道に関する一七か条で構成され、発足当初の幕府の性格を知るための基本史料。

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