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廃仏毀釈【はいぶつきしゃく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

廃仏毀釈
はいぶつきしゃく
一般には仏教毀し,僧侶を排斥する宗教政策,運動,思想をさす。インドでは前2世紀バラモン教のプシャミトラによる教徒迫害,13世紀初めのイスラムの侵入によるものがあるが,中国では3世紀以来廃仏の動きがあり,唐の韓愈や宋以後の朱子学派の廃仏論はきびしく,かつその影響も大きかった。中国仏教史で「三武一宗の法難」といわれるのは有名である。これは,北魏の太武帝,北周の武帝,唐の武宗,後周の世宗によって行われた廃仏をいう。日本で廃仏思想が表面化してくるのは江戸時代期,神道儒教の学者が神国思想を吹するようになってからで,寺院仏像の破壊が行われた。特に明治維新後政府によって神仏分離政策がとられると,多年仏教によって圧迫を受けてきたと考えていた神職者たちは,仏教を排撃し,各地で仏像,経巻,仏具焼却や除去を行なった。しかしこれらの廃仏運動は,むしろ仏教覚醒の好機であり,日本近代仏教は廃仏毀釈をてことして形成されていった。

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朝日新聞掲載「キーワード」

廃仏毀釈
明治政府が1868年に出した、いわゆる一連の「神仏分離(判然)」がきっかけとなった仏教弾圧運動。古代祭祀(さいし)と政治が一体となった祭政一致体制を実現させ、天皇中心の中央集権国家をつくるため、別当神宮寺の責任者)・社僧(神社で仏事を担った僧侶)を還俗させて神職にさせたり、神社から仏像・仏具類を取り除かせたり、祭神の名前を神道系に改めさせたりした。神仏習合を禁じ神社の仏教色を除かせる目的であり、寺院や仏像、仏具などの破壊を命じたものではなかったが、為政者や神道家、共鳴する民衆らによる破壊が行われた。
(2019-09-11 朝日新聞 朝刊 福岡全県・2地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

はいぶつ‐きしゃく【廃仏毀釈】
《仏教を廃し釈迦(しゃか)の教えを棄却する意》明治政府の神道国教化政策に基づいて起こった仏教の排斥運動。明治元年(1868)神仏分離令発布とともに、仏堂・仏像・仏具・経巻などに対する破壊が各地で行われた。→神仏分離

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防府市歴史用語集

廃仏毀釈
 仏教を排除しようとする政策や行動のことです。江戸時代の末までは神仏習合[しんぶつしゅうごう]と言って、日本独自の神をうやまう神道[しんとう]と仏教がいっしょになっていましたが、神道を国の宗教にするために、1868年に神仏分離令[しんぶつぶんりれい]が出され,神道と仏教がわけられました。これによって、とりこわされてしまった寺も多くあります。

出典:ほうふWeb歴史館
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世界大百科事典 第2版

はいぶつきしゃく【廃仏毀釈】
明治初年の神仏分離と神道国教化政策のもとでの寺院,仏像,仏具などの破壊。中国では,北魏の太武帝による446年の廃(排)仏など4回にわたって大規模な廃仏(三武一宗の法難)がなされ,日本でも,1666年(寛文6)に水戸藩岡山藩で寺院破却が行われた。また長州藩と水戸藩の天保改革にさいして寺院整理や淫祠破却がなされたが,これは明治初年の宗教政策の源流と考えることができる。廃仏毀釈という言葉は,これらすべてを指すともいえるが,一般的には明治初年のそれのことである。

出典:株式会社平凡社
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精選版 日本国語大辞典

はいぶつ‐きしゃく【廃仏毀釈】
〘名〙 (仏法を廃し、釈迦の教えを棄却するの意で) 仏教を廃絶すること。
(1)中国史上、四四六年(北魏の太武帝)、五七四・五七七年(北周の武帝)、八四五年(唐の武宗)、九五五年(後周の世宗)の四回にわたる仏教弾圧が、三武一宗の法難として有名。いずれも国家財政との抵触、教団の腐敗堕落、道教との確執などを理由とする。
(2)明治初年、政府の神道国教化政策に基づいて行なわれた、仏教の抑圧・排斥運動。慶応四年(一八六八)神仏分離令が出されると、平田派国学者の神官を中心に仏堂・仏像・仏具・経文などの破壊・焼却が行なわれた。
※第五〇四‐明治元年(1868)六月二二日(法令全書)「然るに賊徒訛言を以、朝廷排仏毀釈これつとむなど申触し、下民を煽惑動揺せしむる由」

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旺文社日本史事典 三訂版

廃仏毀釈
はいぶつきしゃく
明治初年,1868年の神仏分離令の実施などによりおこった寺院・仏像・仏具などの破壊運動
平田派国学者や,従来僧侶に圧倒されて不満を持っていた神官らが先頭に立ち,旧弊打破の風潮と結びついて全国的に極端な廃仏運動が展開された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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