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平兼盛【タイラノカネモリ】

デジタル大辞泉

たいら‐の‐かねもり〔たひら‐〕【平兼盛】
[?~990]平安中期の歌人三十六歌仙の一人。光孝天皇玄孫。従五位上駿河守。家集に「兼盛集」がある。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

平兼盛 たいらの-かねもり
?-991* 平安時代中期の官吏,歌人。
平篤行(あつゆき)の子。三十六歌仙のひとり。天徳4年の内裏歌合で「ぶれど色に出でにけり我が恋は物や思ふと人の問ふまで」(「小倉百人一首」)をよみ,壬生忠見(みぶの-ただみ)をやぶる。また安和(あんな)元年の大嘗会(だいじょうえ)屏風歌などおおくの屏風歌をのこした。従五位上,駿河守(するがのかみ)。正暦(しょうりゃく)元年12月28日死去。家集に「兼盛集」。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

たいらのかねもり【平兼盛】
?‐990(正暦1)
平安中期の歌人。三十六歌仙の一人。大宰少弐篤行の子。山城介,大監物を経て駿河守従五位上にいたる。《天徳四年内裏歌合》で壬生忠見の秀歌に対して〈忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで〉(《拾遺集》巻十一)の秀歌を詠んだところ,判者たちは困惑して勅判を求め,その結果,敗れた忠見はそれをにして不食の病となってしたという話が伝わっている(《沙石集》)。円融院子の日(ねのひ)行幸和歌には,和歌のを献じた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

平兼盛
たいらのかねもり
(?―990)

平安中期の歌人。三十六歌仙の1人。光孝天皇(こうこうてんのう)曽孫(そうそん)篤行(あつゆき)の子。赤染衛門(あかぞめえもん)の父とも。従五位上駿河守(じゅごいのじょうするがのかみ)に至った。「天徳(てんとく)四年(960)内裏歌合(だいりうたあわせ)」で、「忍ぶれど色に出(い)でにけり我が恋はものや思ふと人の問ふまで」が、壬生忠見(みぶのただみ)の「恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」と競い合って勝った話は有名。968年(安和1)「大嘗会屏風歌(だいじょうえびょうぶうた)」をはじめとして、多くの屏風歌を詠進し、985年(永観3)「円融(えんゆう)院紫野子(ね)の日御幸(ごこう)和歌」に序と題を献上した。家集に『兼盛集』があり、『拾遺(しゅうい)集』以下の勅撰(ちょくせん)集に90首近く入集。

[小町谷照彦]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

たいら‐の‐かねもり【平兼盛】
平安中期の歌人。三十六歌仙の一人。光孝天皇の玄孫。赤染衛門の実父か。駿河守従五位上。後撰集時代の有力歌人で、「天徳四年内裏歌合」に「しのぶれど色に出にけり我が恋は…」の歌で、壬生忠見に勝った話は有名。家集に「兼盛集」がある。正暦元年(九九〇)没。

出典:精選版 日本国語大辞典
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