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嵯峨野【サガノ】

デジタル大辞泉

さが‐の【嵯峨野】
京都市右京区嵯峨付近の呼称。[歌枕]
「さびしさは秋の―の野辺の露月にあととふ千代の古道」〈後鳥羽院御集〉

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世界大百科事典 第2版

さがの【嵯峨野】

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大辞林 第三版

さがの【嵯峨野】
京都市右京区嵯峨付近の称。歌枕 かなしさは秋の-のきりぎりす猶古郷ふるさとにねをや鳴くらむ/新古今 哀傷

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

嵯峨野
さがの
京都市右京区、大堰(おおい)川の下流保津(ほづ)川が京都盆地に流れ出て桂(かつら)川となる地の左岸一帯をいう。東は太秦(うずまさ)に続き、西は小倉山(おぐらやま)の山麓(さんろく)、北は丹波(たんば)高地の一部をなす西山山地の山麓の地域。かつて桂川の氾濫原(はんらんげん)であったが、7世紀に秦(はた)氏一族が改修して田野が開けたという。平安時代以降は天皇や貴族たちが遊猟や遊楽にしばしば訪れ、また嵯峨天皇の離宮嵯峨院(現、大覚寺)、後嵯峨上皇の亀山殿(現、天竜寺)、藤原定家の山荘など貴紳の邸宅や寺院が置かれた。文学の舞台ともなり、歌枕(うたまくら)の地でもあった。『枕草子(まくらのそうし)』には「野は嵯峨野」とある。江戸時代には蔬菜(そさい)栽培が盛んになり、竹林も増加した。昭和初年までは葛野(かどの)郡嵯峨村であったが、1931年(昭和6)京都市へ編入。付近一帯は天竜寺、大覚寺をはじめ、『源氏物語』の「賢木(さかき)」に記される野宮(ののみや)神社、『平家物語』の祇王寺(ぎおうじ)、俳人去来の住んだ落柿舎(らくししゃ)、定家ゆかりの厭離庵(えんりあん)、法然上人(ほうねんしょうにん)(源空)の住んだ二尊院、月の名所の広沢池(ひろさわのいけ)や大沢池(おおさわのいけ)、嵯峨釈迦(しゃか)堂とよばれる清凉寺(せいりょうじ)、無縁仏を集めた化野(あだしの)念仏寺などの名所旧跡、愛宕神社参詣道の嵯峨鳥居本(とりいもと)の民家(門前町が重要伝統的建造物群保存地区に選定)などが点在し、対岸の嵐山(あらしやま)とともに洛西(らくせい)の観光地として、全国から訪れる人が多い。JR山陰本線(嵯峨野線)のほかに、京福電鉄嵐山線、阪急電鉄嵐山線が通じ、保津川沿いに嵯峨野観光鉄道(トロッコ列車)が走る。また観光道路の嵐山・高雄パークウェイの入り口がある。近年、急激な都市化の影響によって、かつての嵯峨野のおもかげは、風致地区以外で失われつつあるのは惜しまれる。[織田武雄]

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精選版 日本国語大辞典

さが‐の【嵯峨野】
京都市右京区嵯峨、桂川の左岸一帯の称。古くから、秋草や虫の名所として知られる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

嵯峨野
さがの
嵯峨」のページをご覧ください

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