Rakuten infoseek

辞書

嵯峨の屋お室【さがのやおむろ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

嵯峨の屋お室
さがのやおむろ
[生]文久3(1863).1.13. 江戸
[没]1947.10.25. 千葉,牛久
小説家,詩人本名,矢崎鎮四郎。 1883年東京外国語学校露語科卒業。 1906年陸軍士官学校ロシア語教官。ツルゲーネフの影響が強い『初恋』 (1889) ,厭世的無常観を突きつめた小説『夢現境』 (91) などにより,明治期において懐疑を主観的に表白した最初の小説家となった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

さがのや‐おむろ【嵯峨の屋お室】
[1863~1947]小説家・人。江戸の生まれ。本名、矢崎鎮四郎。坪内逍遥門下。小説「初恋」「くされ玉子」などのほか、ロシア文学翻訳も発表。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

嵯峨の屋お室 さがのや-おむろ
1863-1947 明治時代の小説家,詩人。
文久3年1月12日生まれ。坪内逍遥(しょうよう)の門下。明治20年第1作「守銭奴之肚(しまりみせのはら)」を発表。のち「初恋」や詩「いつ真(ま)て」9編などをかく。昭和22年10月26日死去。85歳。江戸出身。東京外国語学校(現東京外大)卒。本名は矢崎鎮四郎(しんしろう)。別号に北邙(ほくぼう)散士。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版

さがのやおむろ【嵯峨の屋お室】
1863~1947 小説家・詩人・翻訳家。下総の人。本名、矢崎鎮四郎。東京外語学校卒。坪内逍遥に師事。ロシア文学の影響を受け、浪漫的・文明批評的傾向をあわせもつ作風で知られた。小説「初恋」「くされ玉子」「野末の菊」「流転」など。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

嵯峨の屋お室
さがのやおむろ
(1863―1947)
小説家、詩人。本名矢崎鎮四郎。別号北(ほくぼう)散士など。江戸・日本橋下総(しもうさ)関宿(せきやど)藩邸に生まれる。幼時、維新の変動期にあって辛苦を尽くす。1876年(明治9)東京外国語学校(東京外国語大学の前身)露語科の給費生となり、81年二葉亭四迷(ふたばていしめい)を知る。卒業後、統計院に勤めるが失職、二葉亭の紹介で坪内逍遙(しょうよう)の門下生となる。87年、処女作『浮世人情守銭奴之肚(しまりみせのはら)』で作家として出発、『初恋』(1889)、『野末の菊』(1889)など浪漫(ろうまん)的作品のほか、小説論に『小説家の責任』(1889)などがある。詩人としては『抒情詩(じょじょうし)』(1897)に「いつ真て草」ほか9編を発表。またロシア文学の紹介者としても記憶される。[尾形国治]
『『明治文学全集17 二葉亭四迷・嵯峨の屋おむろ集』(1971・筑摩書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

嵯峨の屋お室」の用語解説はコトバンクが提供しています。

嵯峨の屋お室の関連情報

関連キーワード

グリュクスボー朝グリュックスボー朝マネ中島名左衛門売られた花嫁ゲティスバーグルナンウィグモアエルギン小松小太郎

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.