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尺貫法【しゃっかんほう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

尺貫法
しゃっかんほう
日本古来の計量法で,基本単位として長さに,質量に貫,また面積に歩 (ぶ。に等しい) ,体積にを用いる。尺貫法は古代中国に起源し,秦の時代に全国的に統一され,漢の時代に体系化された。『漢書』律歴志によると,黄鐘管 (こうしょうかん。音階 12律のなかの黄鐘調を出す笛) の長さを9,その体積を1龠 (やく。 0.5合に等しい) とし,この管を満たす 1200粒のキビの質量を2銖 (しゅ。 24 銖は1) としている。音律によって定まる笛をすべての度量衡の基準としたのはすぐれた着想である。朝鮮半島を経て7世紀頃に日本へ伝わった尺貫法は,大宝律令によって法制化が成り,全国に基準器が配布されて毎年2月に大蔵省と各国司で検査することが定められた。これによって日本固有の咫 (あた。母指と中指を開いた長さ) ,尋 (ひろ。両手を伸ばして開いた長さ) などは消失した。その後,時代とともに度量衡は変化し,混乱していった。しかし室時代末期にほぼ現在の形になり,江戸幕府が江戸と京にそれぞれ枡座と秤座を設けて全国的に度量衡を統一した。しかしものさしは放任されたので,曲 (かね) 尺鯨尺,呉服尺と種々の尺が現れ,また曲尺にも寸法の違うものがあって混乱が残った。明治政府は 1875年に度量衡条例を発布して伊能忠敬の折衷尺を原尺とする曲尺を定め,曲尺の 1.25倍を鯨尺とした。 85年にメートル条約に加盟,90年の原器到着に伴い,91年に度量衡法を制定した。メートル原器およびキログラム原器を基にして1尺= ( 10/33 ) m,1貫= ( 15/4 ) kgと定め,尺貫法を基本としてメートル法の併用を認めた。 1920年の改正法ではメートル法への全面的統一が規定されたが,猶予期中に国粋主義の高揚によって実施が延期された。しかし 51年の計量法の制定によって 59年以後はメートル法専用となり,尺貫法は法的に禁止された。

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知恵蔵

尺貫法
長さの基準を尺とし、質量の基準を貫とする日本古来の度量衡システムの総称。中国大陸や朝鮮半島から伝来し、大宝律令(701年)により制度として確立されたといわれる。明治の度量衡法(1891年)によって、1尺=33の10 m、1貫=4分の15 kgに厳密に統一された。計量法(1951年)の成立によりその単位は原則として法定計量単位から除かれた。
(今井秀孝 独立行政法人産業技術総合研究所研究顧問 / 2008年)

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

デジタル大辞泉

しゃっかん‐ほう〔シヤククワンハフ〕【尺貫法】
日本古来の度量衡法。長さの単位を、容積の単位を、質量の単位をとする。明治以降メートル法と併用されてきたが、昭和34年(1959)原則として廃止され、昭和41年(1966)以後メートル法に統一された。→メートル法国際単位系

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世界大百科事典 第2版

しゃっかんほう【尺貫法】
日本の歴史的な計量単位系。古代中国の度量衡制度にならって制定された後,中国の影響を受けつつも独自の発展を遂げ,1891年の度量衡法で完成した度量衡単位系である。長さの単位の尺と質量の単位の貫を度量衡の基本としたためその名がある。構成は表1のとおりであり,その基本単位の大きさを定める基準はメートル原器とキログラム原器であった。この単位系は基本的な単位間の倍数関係がほぼ十進法によっており,単位の名称も発音しやすく,大きさも日常生活に適し,便利ではあるが,度(長さ,面積,体積),量(容量),衡(質量)の単位しかなく,また通用する地域も日本国内に限られていた。

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大辞林 第三版

しゃっかんほう【尺貫法】
長さの単位を尺、質量の単位を貫、体積の単位を升とする日本古来の度量衡法。メートル条約加入後、1891年(明治24)メートル法を基準として、尺・坪(面積の単位)・升・貫を定義し、1958年(昭和33)までメートル法と併用されていた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

尺貫法
しゃっかんほう
長さの単位に尺、質量の単位に貫を基本にとった日本固有の単位系。中国古代制度を起源とするものであるが、中国の質量の基本的単位は斤で、貫は日本特有のものである。しかし斤も貫も銭(匁(もんめ))から出発する点で同系統のものとみて差し支えない。
 尺は手を広げて物に当てて長さを計る形の象形文字である。したがって尺は手幅を基準にとった単位で、周代の1尺はいまの6寸程度である。この尺が時代とともに伸び、さらにいまの1尺に近い民間木工用の尺は官制の尺とは別系統の尺として発生し、民間に普及した。そこで隋(ずい)代にはこれも公定したので、いまの約8寸の小尺と、それより2寸長い大尺の2制ができた。これが唐代に引き継がれ、さらに大宝律令(たいほうりつりょう)(701)によって日本に導入された。小尺は中国でも日本でも使われなくなり、大尺はわずかに伸びて江戸時代にほぼいまの長さに落ち着いた。しかし一般用の竹木製の通称竹尺と大工用の曲尺(かねじゃく)との間に約4厘ほどの差があったので、1875年(明治8)これを平均して現在の33分の10メートルが確定した。
 1貫は1000匁で、匁は中国の銭貨を意味する「泉」の草書である。これを「もんめ」とよぶのは1銭つまり1文の目方からきたもので、唐の開元通宝銭の質量が宋(そう)代に実用の単位となったからである。律令は唐制に倣って斤、両を取り入れたが、これにも大小制があり、小は大の3分の1であったが、小は使われなくなり、10匁の両と160匁の斤が普及した。しかしその大きさには律令以来変化がない。室町時代から1000匁を1貫とする習慣ができ、斤と併用されるようになった。貫は銭貨を1000枚貫いた重さからきている。これが1891年(明治24)1キログラムの4分の15と定義されて今日に至っている。これらの単位の倍量・分量の単位にも、面積や体積の単位にも変遷があったが、現在計量法施行法にあがっている尺貫法の単位は次のとおりである。
(1)長さの単位 尺(33分の10メートル)、鯨尺尺(66分の25メートル)、毛、厘、分、寸、丈、間(6尺)、町(360尺)、里(1万2960尺)。
(2)重さの単位 貫(3.75キログラム)、毛、厘、分、斤(0.16貫)。
(3)面積の単位 平方尺、歩(ぶ)または坪(121分の400平方メートル)、平方尺、平方寸、勺、合、畝(せ)(30歩)、反(300歩)、町(3000歩)。
(4)体(容)積の単位 立方尺、升(133万1000分の2401立方メートル)、立方分、立方寸、立坪(216立方尺)、勺、合、斗、石。
 これらの単位は計量法施行法により1966年(昭和41)3月以後は取引および証明の計量には用いられないとされている。ただ匁だけは外国で真珠用に用いられているため、真珠に限って認められている。[小泉袈裟勝]

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