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小杉天外【こすぎてんがい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

小杉天外
こすぎてんがい
[生]慶応1(1865).9.19. 羽後六郷
[没]1952.9.1. 鎌倉
小説家。本名,為蔵。政治家を志し,1883年上京,英吉利 (イギリス) 法律学校 (現中央大学) に入学したが1年余で中退。斎藤緑雨の門に入り,『酔骨録』 (1891) ,『改良若旦那』 (92) ,『改良若殿』 (95) などの風刺小説で認められた。ゾラの実験小説論を下敷きにした新写実主義 (ゾライズム) を宣言し,『はつ姿』 (1900) ,『はやり唄』 (02) で地位を築き,空前の人気を博した長編『魔風恋風』 (03) で硯友社以後の新写実派の代表となった。ほかに遺伝問題を扱う『コブシ』 (06~08) ,実業家の内情を描く『長者星』 (08~09) などがある。 1948年芸術院会員。

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デジタル大辞泉

こすぎ‐てんがい〔‐テングワイ〕【小杉天外】
[1865~1952]小説家。秋田の生まれ。本名、為蔵。斎藤緑雨に師事。ゾラ自然主義の影響を受けて「はつ姿」「はやり唄」を発表。他に通俗的小説「魔風恋風」などがある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

小杉天外 こすぎ-てんがい
1865-1952 明治-昭和時代の小説家。
慶応元年9月19日生まれ。斎藤緑雨に師事。ゾラの影響をうけて,明治33年「はつ姿」,35年「はやり唄」などを発表,写実主義小説の代表的作家となる。のち「魔風恋風」などの通俗小説で人気をえた。昭和23年芸術院会員。昭和27年9月1日死去。86歳。出羽(でわ)仙北郡(秋田県)出身。本名は為蔵。
【格言など】自然は自然である,善でも無い,悪でも無い,美でも無い,醜でも無い(「はやり唄」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

こすぎてんがい【小杉天外】
1865‐1952(慶応1‐昭和27)
明治・大正期の小説家。秋田県生れ。本名為蔵。青年時代政治家志望だったが,文学に転じ,斎藤緑雨(りよくう)の門に入って,1892年《改良若旦那》を発表,93年緑雨との合著《反古袋(ほごぶくろ)》を刊行,風刺的傾向がめだった。その後,尾崎紅葉に接近してその推挙により《改良若殿》などを発表,また後藤宙外らの丁酉(ていゆう)文社に加わってしだいに文名をあげ,1900年の《はつ姿》から02年の《はやり唄》が出るにおよんでゾライズムの大家と仰がれた。

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大辞林 第三版

こすぎてんがい【小杉天外】
1865~1952) 小説家。秋田県生まれ。本名、為蔵。ゾライズムの主張を実践した「はつ姿」「はやり唄」で文壇的地位を確立、「魔風恋風」などの長編に特色をみせたが、のち通俗小説に転じた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

小杉天外
こすぎてんがい
(1865―1952)
小説家。本名為蔵。秋田県生まれ。初め風刺小説を書き、ついで硯友社(けんゆうしゃ)風の小説に移っていったが、1900年(明治33)『はつ姿』、翌々年『はやり唄(うた)』など、遺伝と環境を重視したゾラの方法を取り入れた作品を発表して注目され、前期自然主義の代表的作家となった。その後さらに『コブシ』(1906~08)、『長者星』(1908~09)、『伊豆の頼朝(よりとも)』(1911~12)を発表しゾライズムの深化をみせたが、世間の評判は通俗的小説『魔風恋風(まかぜこいかぜ)』(1903)のほうが高く、そのためしだいに『銀笛(ぎんてき)』(1914)などの通俗作品を書くようになった。32年(昭和7)ごろから病気がちで沈黙したが、第二次世界大戦後ふたたび筆をとり『くだん草紙』(1947)などを発表した。48年(昭和23)に芸術院会員となった。[畑 実]
『『明治文学全集65 小杉天外他集』(1968・筑摩書房)』

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精選版 日本国語大辞典

こすぎ‐てんがい【小杉天外】
小説家。本名、為蔵。秋田県出身。国民英学舎などに学ぶ。斎藤緑雨に師事し、のちゾラの技巧的影響をうけ、自然主義の先駆者となったが、しだいに通俗小説に傾き、「魔風恋風」によって流行作家となった。芸術院会員。他に著作「はつ姿」「はやり唄」など。慶応元~昭和二七年(一八六五‐一九五二

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