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小島法師【コジマホウシ】

デジタル大辞泉

こじま‐ほうし〔‐ホフシ〕【小島法師】
[?~1374]南北朝時代の僧。洞院公定の日記の記事により、太平記の作者に擬せられる。山法師・禅僧・物語僧かといわれ、児島高徳と同一人物とみる説もある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

小島法師 こじまほうし
?-1374 南北朝時代の僧。
「太平記」の作者とつたえられる。洞院公定(とういん-きんさだ)の日記の記述がその根拠であるが,経歴は不詳。備前(岡山県)児島の山伏,比叡(ひえい)山に関係する散所(さんじょ)法師で芸能者・物語僧,児島高徳(たかのり)と同一人物などの諸説がある。応安7=文中3年4月28/29日死去。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

こじまほうし【小島法師】
?‐1374(文中3∥応安7)
南北朝時代に活躍した法体の人物で,1886年に重野安繹が学界に紹介した《洞院公定日次記(とういんきんさだひなみき)》の応安7年(1374)5月3日条の記事により,《太平記》の作者として注目された人物。同記事は〈伝聞〉として,前月の28~29日ごろに彼が死亡したこと,彼が〈太平記作者〉であること,〈卑賤の器(うつわ)といへども名匠の聞え〉のある人であったことを伝えている。しかしその実体については学説が分かれており,備前の児島を本拠とした山伏とみる説,比叡山延暦寺に関係した散所(さんじよ)法師で芸能者,物語僧(ものがたりそう)とみる説などがある。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

こじまほうし【小島法師】
?~1374) 南北朝時代の物語僧。伝未詳。「公定公記きんさだこうき」の応安7年(1374)5月3日の条の記述により「太平記」の作者に擬せられる。

出典:三省堂
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精選版 日本国語大辞典

こじま‐ほうし ‥ホフシ【小島法師】
南北朝時代の僧。「洞院公定日次記」によって「太平記」の作者と伝えられる。児島高徳に擬する説もあり、物語僧あるいは山伏であるともいうが、明らかでない。応安七年(一三七四)没。

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