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宮殿【きゅうでん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

宮殿
きゅうでん
palace
権力者の大規模で豪華な居館。古代では王権の示威の手段として広大なものが造られ,しばしば城砦としての性格をもつ。クレタ島クノッソスのミノスの宮殿,アッシリアコルサバードのサルゴン宮殿,ペルシアのペルセポリス宮などがある。古代ローマ時代には,ネロ帝の黄金宮殿が豪華な装飾で有名であったが,チボリのハドリアヌス帝のビラなど,庭園,劇場,浴場などを備えた郊外の別邸として営まれることもあった。封建領主の抗争が繰返された中世では,宮殿は一般に,軍事的設備を備えた城砦の形をとった。イスラム建築としてはスペイン,グラナダアルハンブラ宮殿が著名。ルネサンスになると城砦的性格は減じ,かわりに居館としての性格が強く押出されるようになった。バロックの絶対王制の時代になると,宮殿建築はさらに豪華な趣を加え,ルイ 14世のベルサイユ宮殿はヨーロッパ各国の宮殿建築の模範的な存在となった。

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デジタル大辞泉

きゅう‐でん【宮殿】
天皇・国王などの住む御殿。
神を祭る社殿

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世界大百科事典 第2版

きゅうでん【宮殿】
帝王,領主といった支配者もしくは主権者の壮麗な館を指す。古代専制国家の時代以来,今日にいたるまで建設され続けてきたが,歴史的背景,風土的条件によってその内容は多岐にわたる。場合によっては,同格のこともある。ヨーロッパでは,英語のパレスpalace,フランス語のパレpalais,ドイツ語のパラストPalast,イタリア語パラッツォpalazzoといった語に対応するが,それらの意味するところは,地域や時代によって異なる。

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くうでん【宮殿】

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大辞林 第三版

きゅうでん【宮殿】
天皇・国王の住む御殿。
神をまつる建物。神殿。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

宮殿
きゅうでん
palace英語
palaischteauフランス語
PalastSchlossドイツ語
palazzoイタリア語
皇帝や国王など大きな権力をもつ支配者の住居。一般には私的な生活区と政務などのための公的部分からなり、周辺に多くの建物や施設をもつ複合建造物の形をとる。性格上、大規模かつ壮麗なものが多く、その時代・地域の文化・芸術の集約的存在としても大きな意味をもつ。中国の宮殿については「中国建築」の項を参照。[友部 直]

古代

現存する最古の宮殿遺跡はメソポタミアにみられる。シュメール・アッカド時代のキシュ、ウル、マリなどがその例である。やや時代は下るが、有名なバビロンの王宮(前7~前6世紀)は大謁見室や空中庭園、聖塔を含む広大なもので、付属建築物を加えてその広さは約4.8ヘクタールに及ぶと推定されている。アッシリアのコルサバード、ニムルード、ニネベなども堅固な城壁を巡らした広大な宮殿である。建築材は生れんがを芯材(しんざい)とし日干しれんがで表面を覆うのが普通で、行列路や門などには、浮彫りを施した石板や、色釉(いろぐすり)をかけた浮彫りタイルを張ることもあった。アケメネス朝時代には首都ペルセポリスに、巨大な列柱を林立させた大広間を中心に、数百の室をもつ大宮殿が建てられた。ヒッタイト帝国の宮殿としては、アナトリア高原中部のボアズキョイ(ボガズキョイ)が名高い。丘陵の起伏の中に大小の部屋がいくつかのグループに分かれて点在する形式をとり、全体は堅固な城壁で囲まれている。小アジアのトロイ、ギリシア本土のミケーネ、ティリンス、ピロスなどには、おそらく北方から伝来したと思われるメガロン形式の主室を中心とした宮殿がみられる。いずれも城砦(じょうさい)としての性格をあわせもち、また有事の際は住民を宮殿区画内に収容するような配慮がみられる。一方、クレタ島では、クノッソス、マリア、フェストス、ザクロに独特の建築様式がみられる。いずれも長方形の中庭をもち、住居など私的空間と執務・祭儀などのための公的空間とが明瞭(めいりょう)に分離され、彩光、通風、給排水などが配慮されている。
 エジプトでは初期王朝時代から宮殿に類する王の住居の存在が想定されるが、遺構は存在しない。新王国時代に入ると、アメンヘテプ4世(イクナートン)の治世にアマルナに大宮殿が造営されたことが知られる。その大広間は540本の列柱をもち、床には彩色画が描かれるなど壮麗を極めたと想像される。テーベ(ルクソール)西岸のマルカタにはアメンヘテプ3世の宮殿址(し)がある。90ヘクタールの広大な敷地に四つの建築群を配した複合建築である。ほかにラメッセウムやマディナト・ハブのような葬祭殿に付属したいわゆる神殿宮殿の例が知られる。[友部 直]

中世以降

ギリシア・ローマ世界は厳密な意味での宮殿建築をもたず、わずかにこれに類するものとして大規模な別荘建築があった。ネロ帝の「黄金宮殿」、ディオクレティアヌス帝のスパラト(スプリト)の館などがその例である。キリスト教世界に入ると、教会堂や修道院と一体となった宮殿が建てられた。神聖ローマ帝国の主都アーヘンに建てられたカール大帝の宮殿、ゴスラーのハインリヒ3世の宮殿などは好例である。ローマ教皇の権力が強まると、教皇館は大規模になり、宮殿としての性格をもつようになった。バチカン宮、アビニョン宮がその例である。封建君主の居館も、その権力を増すにつれて、宮殿の性格を強めていった。この傾向はやがてルネサンスを迎えて、イタリアのパラッツォ建築となって開花する。中世末期からルネサンスにかけて、大君主が出現するに及び、宮殿はいっそうその規模を拡大し、国家を代表する象徴的建造物となった。一方、かつてもっていた城砦的な性格あるいは宗教的な性格は希薄になった。イギリスのハンプトン・コート、フランスのルーブル宮、フォンテンブロー宮などがもっとも代表的である。この宮殿建築の傾向は18世紀末まで続き、君主制の衰退とともにその幕を閉じる。近世の宮殿建築の集大成ともいうべきものにルイ14世の建てたベルサイユ宮殿があり、各国の宮殿建築の規範となった。[友部 直]

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精選版 日本国語大辞典

きゅう‐でん【宮殿】
〘名〙
① 王、君主が住む御殿。大殿(おおとの)
※律(718)衛禁「仗衛者在宮殿及駕行之所
② 神をまつる社殿。みや。
※神道名目類聚抄(1699)一「宮殿(キウデン) 御殿 御舎(みあらか)

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くう‐でん【宮殿】
〘名〙
① 帝王の住む御殿。皇居。転じて、立派な建物の意にも用いる。きゅうでん。
※妙一本仮名書き法華経(鎌倉中)五「宮殿(クウテン)眷属、およひ上妙の五欲をすてて」
※曾我物語(南北朝頃)一「この壺のうちに〈略〉百二十丈のくうてん楼閣あり」
② 棟をつけ、柱を立ててつくった厨子(ずし)。寺の塔や仏壇に置く。〔人倫訓蒙図彙(1690)〕

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