Rakuten infoseek

辞書

宇野宗佑【うのそうすけ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

宇野宗佑
うのそうすけ
[生]1922.8.27. 滋賀,守山
[没]1998.5.19. 滋賀,守山
政治家。 1943年学徒出陣で神戸商業大学を中退。 51年滋賀県会議員,河野一郎の秘書を経て,60年衆議院議員。自由民主党の政策マンとして地位を築き,以後 10回の当選を果し,その間,防衛庁長官,科学技術庁長官,通産大臣外務大臣などを歴任竹下登内閣退陣後,89年6月首相に就任。「リクルート事件」と自身のスキャンダルによって参議院選挙での与野党大逆転を招き,同年8月首相を引責辞任。就任期間 69日間の短命内閣に終った。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

うの‐そうすけ【宇野宗佑】
[1922~1998]政治家。滋賀の生まれ。陸軍少尉として終戦を迎え2年間のシベリア抑留を体験。昭和35年(1960)衆議院議員初当選。竹下内閣の外相だった平成元年(1989)にリクルート事件で内閣総辞職。他の有力閣僚らが軒並み事件に関わっていたため、党内基盤が弱いながら首相に就任した。直後の参院選大敗や女性スキャンダルに見舞われ、在任69日で退陣。→海部俊樹

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

宇野宗佑 うの-そうすけ
1922-1998 昭和後期-平成時代の政治家。
大正11年8月27日生まれ。河野一郎秘書をへて,昭和35年衆議院議員(当選12回,自民党)。第2次田中内閣の防衛庁長官をはじめ,通産相,外相などを歴任。平成元年首相となるが,リクルート事件などの逆風みずからの女性スキャンダルにより参議院選挙に敗れ,在任69日間で辞任した。平成10年5月19日死去。75歳。滋賀県出身。神戸商業大(現神戸大)中退。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版

うのそうすけ【宇野宗佑】
1922~1998 政治家。滋賀県生まれ。神戸商大中退。通産相・外相などを歴任、1989年(平成1)6月首相となるも、同年七月の参院選で大敗し、二か月余で辞任。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

宇野宗佑
うのそうすけ
(1922―1998)
政治家。滋賀県生まれ。神戸商業大学(現神戸大学)中退。1960年(昭和35)の総選挙で自民党から初当選。以後連続12回当選。河野派、のちに中曽根(なかそね)派に所属。第二次田中角栄内閣の防衛庁長官が初入閣。以来科学技術庁長官、行政管理庁長官、通産相を歴任。1989年(平成1)6月竹下登(のぼる)退陣の後、首相となり政治改革を主張するが、自らの女性スキャンダルや参議院選挙敗北により、わずか2か月余りで退陣、以後自民党最高顧問を務め、1996年政界を引退。[伊藤 悟]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

宇野宗佑」の用語解説はコトバンクが提供しています。

宇野宗佑の関連情報

関連キーワード

島津保次郎アイルランド自由国帰山教正パステルナークブラジル文学ムルナウ宮嶋資夫ローマ進軍コスグレーブシスラー

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.