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姉崎正治【あねざきまさはる】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

姉崎正治
あねざきまさはる
[生]1873.7.25. 京都
[没]1949.7.23. 熱海
評論家,宗教学者。帝国大学文科大学哲学科卒業 (1896) 。母校に宗教学の講座が開設され,これを担当 (1904) 。その後,ハーバード,シカゴ,エールの各大学,コレージュ・ド・フランスなどでも講義。東京大学名誉教授 (34) 。日本の宗教学の設立者であると同時に,文芸評論の面でも活躍し,嘲風と号した。ロマン的神秘主義を説き,日本文化の海外への紹介の業績も大きい。主著『印度宗教史』 (1897) ,『仏教聖典史論』 (99) 。その主要論文は『已弁集』 (1934) ,"Kataṃ Karaṇi yam" (34) に収められている。

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デジタル大辞泉

あねざき‐まさはる【姉崎正治】
[1873~1949]宗教学者・評論家。東大教授。京都の生まれ。号は嘲風(ちょうふう)。著「宗教学概論」「切支丹伝道の興廃」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

姉崎正治 あねざき-まさはる
1873-1949 明治-昭和時代の宗教学者。
明治6年7月25日生まれ。37年母校東京帝大の教授となり,翌年宗教学講座をひらく。海外活動がおおく,日本文化を紹介した。昭和3年フランスのレジオン-ドヌール勲章。14年貴族院議員。昭和24年7月23日死去。77歳。京都出身。号は嘲風。著作に「宗教学概論」「現身仏と法身仏」など。
【格言など】人は希望なしには一日も活き得ない(「予言の芸術」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

あねさきまさはる【姉崎正治】
1873‐1949(明治6‐昭和24)
宗教学者,評論家。嘲風と号した。京都に生まれ,1896年東京帝大を卒業。ドイツ,イギリス,インドに留学し,1904年東大教授となる。宗教の実証的研究に新機軸を出すとともに,宗教評論や文明批評の分野で活躍し,国際交流の面でも要職を歴任した。高山樗牛との交友は有名。著書は学位論文の《現身仏と法身仏》(1904)をはじめ,《宗教学概論》(1900),《根本仏教》(1910)など多数。【山折 哲雄】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

あねさきまさはる【姉崎正治】
1873~1949) 宗教学者。号は嘲風。京都生まれ。東大教授。高山樗牛と親交を結ぶなど、文人としても著名。主著「宗教学概論」「切支丹キリシタン宗門の迫害と潜伏」

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

姉崎正治
あねさきまさはる
(1873―1949)
宗教学者、評論家。嘲風(ちょうふう)と号した。明治6年京都府生まれ。東京帝国大学哲学科卒業。ドイツ、イギリス、インドに留学。1905年(明治38)東大に最初の宗教学講座が開設されてその主任教授となり、独創性に富む多産な研究活動のかたわら、多数の門下を育てて宗教学の種をまいた。1930年(昭和5)には日本宗教学会を設立して、終生その会長を務めた。外国では日本の人文学界を代表する学者として知られ、アメリカのハーバード大学の日本文明講座をはじめ、欧米諸大学で講義を担任し、国際連盟学芸協力委員会の日本委員などを歴任して、東西の文化交流に貢献した。国内一般ではむしろ明治の文人として知られ、帝大在学中の同級の親友高山樗牛(たかやまちょぎゅう)らと雑誌『帝国文学』を創刊したのをはじめ、文明評論の健筆を振るって当時の浪漫(ろうまん)主義思潮に大きな影響を与えた。多面多作な著述のうち代表作に『宗教学概論』(1900)、『根本仏教』(1910)、『法華経(ほけきょう)の行者日蓮(にちれん)』(1916)、『切支丹(キリシタン)宗門の迫害と潜伏』(1925)、『聖徳太子の大士(だいし)理想』(1944)、評論集『復活の曙光(しょこう)』(1904)、絶筆となり没後刊行された自伝『わが生涯』(1951)がある。[脇本平也]

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