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奉天会戦【ほうてんかいせん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

奉天会戦
ほうてんかいせん
1905年2月 20日から3月 10日にかけて旧満州 (中国東北地方) の奉天 (在の瀋陽) をめぐり,日露両軍の行なった会戦。日本軍の勝利となり,日本海海戦とともに,日露戦争全体の勝敗決め手となった。日本軍は大山巌満州軍総司令官のもとに 25万人の兵力をもって,A.クロパトキン大将の率いるロシア軍 35万人を,奉天城において両翼包囲した。だが兵力不足で包囲が不十分になったうえ,予備軍をもっていなかったためにロシア軍 35万人のうち 26万人は北方に脱出して殱滅 (せんめつ) 戦にまではいたらなかった。死傷は日本軍7万人,ロシア軍は捕虜を含めて9万人に上った。寡兵大軍包囲し,きわどい軍事的勝利を収めたものとして戦史上有名。

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世界大百科事典 第2版

ほうてんかいせん【奉天会戦】
1905年3月,奉天(現,瀋陽)付近で戦われた日露戦争中最大の陸上戦闘。前年,南満州(中国東北部南部)の諸戦闘に敗れたロシア軍は冬季間に本国から増援をえて(計32万),融氷とともに反撃に出ようとした。日本軍の満州軍総司令官は大山巌元帥,ロシア軍の極東陸海軍総司令官はクロパトキン大将であった。日本陸軍は旅順要塞攻略後の第3軍を合わせ満州軍全力(25万)をもって,ロシア軍の機先を制し3月1日から行動を開始,敵の両翼を包囲するように攻撃前進した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

奉天会戦
ほうてんかいせん
1905年(明治38)3月に行われた日露戦争最後の大規模な陸上戦。同年1月日本軍が旅順(りょじゅん)攻略に成功したのち、満州軍総司令部(総司令官大山巌(いわお))は乃木(のぎ)軍の転進を待って第一線兵力25万を集中し、ロシア軍を殲滅(せんめつ)して戦局を決定することを意図した。奉天(現瀋陽(しんよう))を拠点とするロシア軍(総司令官クロパトキン)も32万の兵力を集中して対峙(たいじ)していたが、3月1日、両軍は全線で戦闘を開始した。戦局は容易に進展しなかったが、7日、9万の死傷者を出したロシア軍は次期会戦に兵力を温存するため退却した。10日、日本軍は奉天を占領したが、7万の損害を受けて追撃の余力を失い、敵主力の撃滅という目的を達成できなかった。この会戦の結果、日本は戦力の限界を自覚し、これ以後大規模な作戦を企画できなかった。ロシアも打ち続く敗戦が革命の機運を醸成することを恐れたので、この会戦を機に講和が日程に上った。日本はこの戦勝を記念して奉天占領の3月10日を陸軍記念日とした。[藤村道生]
『沼田多稼蔵著『日露陸戦新史』(岩波新書) ▽谷寿夫著『機密日露戦史』(1966・原書房・明治百年史叢書)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

奉天会戦
ほうてんかいせん
1905年,日露戦争における最大・最後の陸戦
クロポトキンの率いるロシア軍32万を,大山巌指揮の日本軍25万が奉天(現瀋陽)で撃破し,奉天を占領したものの,兵力・弾薬を消耗し尽くした。日本政府および軍首脳はこれ以上補給線を延ばすことを不利とし,講和への努力を始めた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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