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太平道【たいへいどう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

太平道
たいへいどう
Tai-ping-dao
中国,後末期民間宗教一種五斗米 (ごとべい) 道とともに道教源流といわれる。後漢の干吉 (かんきつ) が『太平清領書』に基づいて開いたといわれ,そののち鉅鹿 (きょろく) の人,張角呪術を行なってこの説を広め,十数年の間に信徒数十万となった。そこで信徒を 36の集団 (方) に分け,それぞれに将軍をおいて統率させ,流言を放って,後漢王朝打倒の目標を明らかにした。計画が漏れ弾圧が加わると,中平1 (184) 年2月黄巾 (こうきん) をつけて一斉に蜂起した (→黄巾の乱 ) が,張角はまもなく死に,も約1年で鎮圧された。

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デジタル大辞泉

たいへい‐どう〔‐ダウ〕【太平道】
中国、後漢末の2世紀後半、張角が起こした宗教結社。病気治しの教法を中心に多くの信徒を得た。五斗米道とともに道教の源流をなした。→黄巾(こうきん)の乱

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世界大百科事典 第2版

たいへいどう【太平道 Tài píng dào】
2世紀後半,後漢代に鉅鹿(きよろく)郡(河北省南部)の張角によって組織された中国最初の道教教団。西方巴蜀および漢中の地域に発展した五斗米道(ごとべいどう)とほぼ時期を同じくする。〈大賢良師〉と称した張角は,病人に罪の懺悔をもとめ,お札や霊水を飲ませ,呪文をとなえて神のゆるしを請う,そのような方法で布教をすすめた。十数年の間に,信者は中国東半部の広い地域にわたって数十万人に達し,36の〈方〉とよばれる集団に組織された。

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大辞林 第三版

たいへいどう【太平道】
中国、後漢末、張角が組織した宗教結社。霊力のあるとされる符水を飲ませ、呪文によって病気を治し、河北・山東の農民に多くの信徒を得た。五斗米道ごとべいどうとともに道教の源流。 → 黄巾こうきんの乱

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日本大百科全書(ニッポニカ)

太平道
たいへいどう
中国、後漢(ごかん)末期におこった新宗教。干吉(かんきつ)が神人から授けられた『太平清領書(たいへいせいりょうしょ)』170巻によって、張角(ちょうかく)がこの宗教を始めたと伝えられる。これに太平道という呼称が与えられたのは、この書に基づくと考えられる。彼の教法とは、神は地上の人々の日常行為を監察しており、罪過を犯すとその罰として病気にかからせる。そこで、病人をして自己の犯した罪を反省し、神の前に懺悔(さんげ)告白させ、ふたたび罪を犯さないことを誓わせる。そのうえで、霊力があるとされる符水(ふすい)を飲ませ、聖職者(師)が神呪(しんじゅ)を唱えて神の許しを請う、というものである。このような方法で病気の治った者も多く、下層農民や流民は彼の教法を信じ、わずかな期間に、信徒が数十万人に及んだ。すなわち、太平道教団は個人的信仰に基づく集団であり、その成立には豪族の跋扈(ばっこ)による社会の変質が大きく作用していると考えられる。なお、張角は184年に黄巾(こうきん)の乱を起こしたことでも有名である。[尾崎正治]
『福井康順著『道教の基礎的研究』(1952・理想社) ▽大淵忍爾著『道教史の研究』(1964・岡山大学共済会書籍部)』

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精選版 日本国語大辞典

たいへい‐どう ‥ダウ【太平道】
〘名〙 中国の後漢末に張角が唱えた民間宗教、およびその結社。五斗米道とともに道教の源流をなす。神仙説を受け、呪文・懺悔・符水で病気を治癒させるとし、河北、山東、河南に広がり、黄巾の乱をおこした。

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旺文社世界史事典 三訂版

太平道
たいへいどう
2世紀後半に黄巾 (こうきん) の乱の首領張角が唱えた秘密宗教,およびその結社
五斗米道とともに道教の源流をなす。後漢 (ごかん) 末期の混乱に乗じて張角みずから大賢良師と称し,宗教的儀礼により病人を治すかたわら,独占を廃し,平等を唱えた。十余年の間に河北・山東河南に信者数十万を得,漢室に代わろうとして,184年黄巾の乱を起こした。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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