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太平記【たいへいき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

太平記
たいへいき
南北朝時代の軍記物語。作者は未詳であるが,小島法師 (1374没) 説,玄恵 (げんえ。 1269~1350) 説などが有力。 40 (巻二十二欠) 。数次にわたって増補改編され,建徳2=応安4 (71) 年頃大成か。五十余年にわたる南北朝,公武の抗争を描く長編で,内容は3部に分れる。第1部 (巻一~巻十一) は鎌倉時代北条高時の失政,後醍醐天皇の討幕に起筆北条氏の滅亡,建武中興の成立まで。第2部 (巻十二~巻二十一) は中興政治の失敗,足利尊氏の謀反,楠木正成新田義貞の戦死,天皇崩御まで。第3部 (巻二十三~巻四十) は南北両朝の対立,諸将の向背常ならぬさまを描き,正平 23=応安1 (68) 年義満を補佐する細川頼之の執事就任をもって結ぶ。物語僧によって語られ,「太平記読み」として講釈され講談の祖となった。後代文学への影響も大きい。

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デジタル大辞泉

たいへいき【太平記】
南北朝時代の軍記物語。40巻。小島法師作と伝えられるが未詳。応安年間(1368~1375)の成立とされる。鎌倉末期から南北朝中期までの約50年間の争乱を、華麗な和漢混交文で描く。
太平記読み」の略。

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デジタル大辞泉プラス

太平記
森村誠一の歴史大河小説。1991~94年刊行。

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太平記
1991年放映のNHKの大河ドラマ。原作は、吉川英治の小説『私本太平記』。室町幕府初代将軍・足利尊氏の生涯と、鎌倉幕府の滅亡や南北朝時代の混乱を描く。脚本:池端俊策、仲倉重郎。音楽:三枝成彰。出演:真田広之、沢口靖子、片岡孝夫ほか。

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世界大百科事典 第2版

たいへいき【太平記】
50年にわたる南北朝動乱の歴史を描いた軍記物語。40巻。
[成立と作者]
 南北朝動乱期の不安な世情をよく写している《洞院公定(とういんきんさだ)日記》の応安7年(1374)5月3日条に,(1)〈小島法師〉が4月28日か29日に死んだこと,(2)彼は最近広く世間で愛好されている《太平記》の作者であり,(3)〈卑賤の器〉ではあるが〈名匠の聞(きこえ)〉を得ていること,の3点が記されている。この記事は《太平記》成立当時における,作者に関しての唯一の確実な資料である。

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大辞林 第三版

たいへいき【太平記】
軍記物語。四〇巻。小島法師の作との説がある。何度か補正を経て、1371年頃成立か。後醍醐天皇の討幕計画から、建武の中興・南北朝内乱に至る変革期の歴史過程を、南朝側の立場から流麗な和漢混交文で生き生きと描く。太平記読みなどで後世に与えた影響は大きい。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

太平記
たいへいき
南北朝時代の軍記物語。40巻。[山下宏明]

成立

足利(あしかが)氏の一支族で九州探題として足利政権の確立に貢献した今川貞世(いまがわさだよ)(了俊(りょうしゅん))の著『難太平記(なんたいへいき)』によれば、暦応(りゃくおう)(1338~42)、康永(こうえい)(1342~45)のころ、法勝寺(ほっしょうじ)の清僧、恵鎮(えちん)(1356没)が、30余巻の『太平記』を、将軍尊氏(たかうじ)を補佐した足利直義(ただよし)のもとに持参し、天台の学僧、玄慧(げんね)(1350没)に読ませたという。『太平記』の成立に、恵鎮は編集者として、玄慧は監修者として参加したらしい。暦応2年(1339)8月の後醍醐(ごだいご)天皇崩御あたりまでを描く未完の作品であったが、その内容に誤りが多く、直義により修正、削除、加筆が命じられ、いったん執筆は中断していたのを、のちに書き継いだという。この成立、加筆の過程で、たとえば『洞院公定(とういんきんさだ)日記』にみえる小島(こじま)法師のような、戦いの敗残者をも含む遁世(とんせい)者で、高い教養の持ち主でもあった物語僧が参加し、1370年(建徳1・応安3)ごろには40巻本が完成していた。読まれるとともに、平家琵琶(びわ)のような曲節は伴わないが音読もされ、説教の後の余興として語られ、やがて太平記読みとして、講釈師により講釈されることになった。[山下宏明]

諸本

上述のような限られた場で編纂(へんさん)され、その後の流布も限られていたようで、その事情はわからないが早くから巻22を欠き、現存の諸本は、いずれもこの巻を欠く本文を伝えている。すなわち、その巻22を欠いた当時の形を伝える神田(かんだ)本、西源院(せいげんいん)本、玄玖(げんきゅう)本などの古本、この欠巻を前後の巻から記事をつづり合わせてつくろった前田本や流布本、記事を年代順に配列し、他の史料により加筆をも行った天正(てんしょう)本など、古本を41巻ないし42巻に再編成した豪精本などのつごう四類に分かれるが、諸本の間に、『平家物語』の諸本のような、作品の性格を左右する異同はない。[山下宏明]

内容

文保(ぶんぽう)2年(1318)後醍醐天皇の即位以後、約50年の期間を描く。その第一部、巻1から巻11までは、後醍醐天皇による北条(ほうじょう)幕府討伐の計画から、その成就、建武(けんむ)政権の確立まで、楠正成(くすのきまさしげ)らの動きを軸として描き、完結した物語をなしている。第二部、巻12から巻21までは、建武政権の乱脈を批判しつつ、諸国の武士の、新政に対する不満を背景に足利・新田(にった)の対立、足利の過去の善因による勝利、後醍醐天皇の吉野での崩御までを描く。残る第三部は、観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)、直義の死に代表される足利幕府中枢部の内訌(ないこう)から細川頼之(よりゆき)の将軍補佐による太平の世の到来までを描く。とくにこの第二、第三部は、その対象とする動乱のさなかに太平の世を求めて書き継がれた。そのため混乱が多く、物語としての完成度に欠ける。人々の欲望むき出しの下剋上(げこくじょう)の動乱期を、『史記』『文選(もんぜん)』『白氏文集(はくしもんじゅう)』など紀伝道の中国古典に学ぶ儒教的な政道観や歴史観、それに太平の世を求め不思議を期待する聞き手たちの願い、落書にみられる京都の人々の痛烈な批判・風刺の目を通して描く。長文にわたる多くの挿入説話からは、登場人物や事件を物語に位置づける方法を学びとっている。それらの多くの史伝は、歴史観と、人生百般の知恵を供給する百科辞書的な意味をも有している。[山下宏明]

影響

儒教的な政治論が顕著なためか、『平家物語』に比べて古典化する傾向が少なく、他の作品に及ぼす影響も少ない。一部謡曲や中世小説に素材を提供しているが、幸若(こうわか)舞曲の「新曲」や中世小説の『ゑんや判官(はんがん)』などのように『太平記』の一節をそのまま抜き出した作品がみられるし、とくに近世、封建秩序の安泰を期待する風潮にのって、曲亭馬琴(きょくていばきん)らの読本(よみほん)に、講釈調の教訓や話題を提供した。この点でも『平家物語』と異なる。[山下宏明]
『山下宏明校注『新潮日本古典集成 太平記』全5巻(1977~88・新潮社) ▽増田欣著『太平記の比較文学的研究』(1976・角川書店) ▽長谷川端著『太平記の研究』(1982・汲古書院) ▽山下宏明著『太平記』(1990・新潮社)』

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