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天竜寺【てんりゅうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

天竜寺
てんりゅうじ
京都市右京区嵯峨にある臨済宗天竜寺派大本山。霊亀山と号す。京都五山の一つ。興国6=貞和1 (1345) 年に足利尊氏が後醍醐天皇追善供養のために建立した。夢窓疎石 (むそうそせき) の開山。同寺造営資金調達のため元との貿易を企て天竜寺船を派遣した。以後同寺はたびたび火災にあい,現在の堂宇は明治の中頃に峨山昌禎らが再建したもの。 1876年に独立して一派本山となった。

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デジタル大辞泉

てんりゅう‐じ【天竜寺】
京都市右京区嵯峨にある臨済宗天竜寺派の大本山。山号は霊亀山。正称は、天竜資聖禅寺。延元4=暦応2年(1339)吉野の行宮で没した後醍醐天皇菩提(ぼだい)をとむらうため、足利尊氏(あしかがたかうじ)亀山殿の地に創建。開山は夢窓疎石京都五山の第一位。平成6年(1994)「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産文化遺産)に登録された。

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世界大百科事典 第2版

てんりゅうじ【天竜寺】
京都市右京区嵯峨にある臨済宗天竜寺派の総本山。正称を霊亀山天竜資聖禅寺といい,名勝嵐山の中心的な寺院。京都五山の一つ。1339年(延元4∥暦応2)足利尊氏が夢窓疎石のすすめによって,吉野で亡くなった後醍醐天皇の冥福を祈るため,北朝の光厳上皇の院宣を得て建立に着手したのが起源である。尊氏は多くの荘園を,北朝は売官による成功(じようごう)の収益を,それに室町幕府天竜寺船を元に派遣してその貿易利益を当寺に寄せ,造営費用にあてた。

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大辞林 第三版

てんりゅうじ【天竜寺】
京都市右京区にある臨済宗天竜寺派の大本山。山号、霊亀山。京都五山の第一。足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るため夢窓疎石を開山として1345年建立。初め暦応資聖禅寺と称し、のち天竜資聖禅寺と改称。現在の建物は明治時代のもの。夢窓国師作の池泉回遊式庭園がある。

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旺文社日本史事典 三訂版

天竜寺
てんりゅうじ
京都市右京区嵯峨にある臨済宗天竜寺派の本山。京都五山の一つ
足利尊氏・直義兄弟が後醍醐 (ごだいご) 天皇の冥福を祈るために建立。開山は夢窓疎石 (むそうそせき) で,1345年に落成。その間尊氏は造営費を得るため,元に天竜寺船を派遣した。夢窓疎石作の方丈の庭園は有名。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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