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大衆文学【たいしゅうぶんがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大衆文学
たいしゅうぶんがく
Popular literature
大量消費を前提に創作される娯楽を主眼とした文学。作家が書きたいことを自由な立場で書いたものを純文学とすれば,読者を喜ばせ,楽しませるために書いたものを大衆文学と呼ぶことができるが,両者の境界は必ずしも明白ではない。純文学に比べて価値が劣るという意味での大衆文学という名称は,日本で用いられるもので,外国ではこの区別はあまり行われない。読者の反応を絶えず配慮しながら筆を進めたディケンズなどは,純文学と大衆文学の一致の好例であろう。現在大衆文学の代表的なものは,世界的に推理小説や SFである。

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知恵蔵

大衆文学
純文学」のページをご覧ください

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

デジタル大辞泉

たいしゅう‐ぶんがく【大衆文学】
大衆の興味を主眼とし、その娯楽的要求にこたえて書かれた文学。時代小説家庭小説推理小説・ユーモア小説など。大衆文芸。→純文学

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

たいしゅうぶんがく【大衆文学】
大正末年にマス・メディアの成熟を基礎として成立した新興文学で,大量生産,大量伝達,大量消費の基本的性格をもつ。日本の近代文学は西欧の19世紀文学に範を仰ぎ,それに追いつき追いこそうとするあまり,近世以来の庶民的文芸話芸の伝統を拒む傾向があった。それで文芸の庶民的流れは底流化し,それが顕在化するのが大正デモクラシー以後である。そして関東大震災による惨禍をくぐり,不死鳥のようによみがえったマス・メディアの躍進の上に大衆文学は開花した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

たいしゅうぶんがく【大衆文学】
大衆の興味や理解力に重点を置いて書かれた文学。時代小説・推理小説・ SF ・風俗小説・家庭小説・ユーモア小説・少年少女小説などの類。大衆文芸。 → 純文学

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

大衆文学
たいしゅうぶんがく
文芸用語。一般に大量生産、伝達、消費を前提とする大衆的な文学をさしていわれる。日本の大衆文学は関東大震災(1923)のあと、マス・メディアの成熟を基盤に形を整えた。近世以来の庶民的文芸の伝統を引くと同時に、西欧のピカレスク・ロマン(悪漢小説)や中国の伝奇小説などの影響も受け、その近代的表現として成立した。大正期における民衆意識の発展は普通教育の普及とともに一般読者の増大をもたらし、日刊紙の100万部突破、週刊誌の創刊、国民雑誌を志向した『キング』の創刊などにより、その文学的要求にこたえた。前史としては三遊亭円朝や松林伯円(しょうりんはくえん)の速記講談、村上浪六(なみろく)の撥鬢(ばちびん)小説、塚原渋柿園(じゅうしえん)や碧瑠璃園(へきるりえん)(渡辺霞亭(かてい))の歴史小説、明治30年代の家庭小説、明治末から大正期へかけての「立川(たちかわ)文庫」などがあるが、作品のうえでは1913年(大正2)に始まる中里介山(かいざん)の『大菩薩峠(だいぼさつとうげ)』、20年の菊池寛(きくちかん)の『真珠夫人』などを、その先駆的業績とする。成立時には時代小説が主で「チャンバラ小説」などとも称され、通俗小説、探偵小説とは別個にジャンル分けされたが、1930年(昭和5)ごろになると、時代・現代の双方をこなす書き手も生まれ、マスコミの要求も強まって大衆文学の大枠で語られるようになる。[尾崎秀樹]

大正末~昭和前期

大正末から昭和前期にかけては、大衆文学の第一の黄金時代で、白井喬二(きょうじ)、大仏(おさらぎ)次郎、吉川英治(よしかわえいじ)、長谷川伸(はせがわしん)、直木三十五(さんじゅうご)らの時代物、菊池寛、久米正雄(くめまさお)、中村武羅夫(むらお)、加藤武雄らの通俗物、江戸川乱歩、甲賀(こうが)三郎、大下宇陀児(うだる)らの探偵物などが次々に発表され、話題をよぶ。しかし1930年以後になると、文学のマスコミ化に抵抗して新しい模索を示す作家も生まれ、吉川英治などは『松のや露八』を経て『宮本武蔵(むさし)』に至り、大衆文学に人生派的側面を開いた。『荒木又右衛門(またえもん)』の長谷川伸、『突つかけ侍』の子母沢寛(しもざわかん)など、戦後へ引き継がれる作家たちの努力が、この時期にそれぞれの鉱脈を掘り当て、戦時下の厳しい状況をくぐり抜ける。
 日中戦争から太平洋戦争期へかけて、作家はペン部隊、陸海軍報道班員として動員されることも多く、表現のうえでも過酷な統制を加えられるが、良心的な作家は、状況に流されず、海音寺潮五郎(かいおんじちょうごろう)の『茶道太閤記(たいこうき)』、山本周五郎の『日本婦道記』、子母沢寛の『勝海舟』も書かれ、長谷川伸は『日本捕虜志』を発表のあてもなく書きためた。[尾崎秀樹]

第二次世界大戦後

第二次世界大戦後もアメリカの占領で時代小説の受難は続いたが、その一方で風俗小説が迎えられ、中間小説が人気の焦点となる。しかし村上元三(げんぞう)の『佐々木小次郎』を皮切りとして、夕刊紙の時代小説も復活し、吉川英治『新・平家物語』、源氏鶏太(げんじけいた)『三等重役』など週刊誌を舞台とした長編や連作が話題となり、山岡荘八(そうはち)の『徳川家康』も始まる。昭和30年代に入ると、衣食住の問題もしだいに安定し、生活の技術革新も進み、家庭の主婦層の余暇時間も増え、大衆文学も質的な発展を遂げ、五味康祐(ごみやすすけ)、柴田(しばた)錬三郎らの剣豪リバイバル、松本清張(せいちょう)とその後に続く社会派推理作家の登場、素人(しろうと)作家の相次ぐ誕生などがみられ、テレビの普及に伴う文化の視覚化に抗し文学の独自性を主張する動きも現れる。しかしビジュアルな方向は急速に進み、文学作品もスピードと展開の速さを求められ、情報性を強めてゆく。1960年代の後半に入ると、「現代性」「風俗性」「記録性」はさらに強まり、70年代になると「国際性」「情報性」がそれに加わる。推理やSFの手法は普遍化し、時間や空間の軸を自在にとって現代社会を諷(ふう)する作品も現れ、国際的な諸事件も幅広く取り上げられるようになり、歴史物から企業・経済物にまで情報性が求められる。そして純文学と大衆文学の領域はあいまいとなり、ノン・フィクション物との間も明確でなくなる。これは小説のなかに情報が求められる傾向とも関係があるが、他方では現実の重みから心理的に逃避したいという読者の夢にこたえる作品もみられ、その幅はさらに広げられた。水上勉(みずかみつとむ)、司馬遼太郎(しばりょうたろう)、池波正太郎(しょうたろう)、城山三郎、新田(にった)次郎、黒岩重吾(じゅうご)、渡辺淳一(じゅんいち)、平岩弓枝(ゆみえ)、永井路子(みちこ)、杉本苑子(そのこ)、三浦綾子(あやこ)、宮尾登美子(とみこ)、夏樹(なつき)静子、栗本薫(くりもとかおる)、星新一、小松左京(さきょう)、半村良(りょう)、筒井康隆(つついやすたか)、森村誠一(せいいち)、西村寿行(じゅこう)(1930―2007)、赤川次郎ら多彩な作家が、それぞれの分野で仕事を展開した。素材の多様化、表現の多角化、背景の広角化、情報性の深化などに加えて、視覚・聴覚に強く訴える作品も増え、大衆文学はエンターテインメントとよばれるまでになる。これは文学のマスコミ化の結果であり、社会の多様化の反映である。[尾崎秀樹]
『尾崎秀樹著『大衆文学論』(1965・勁草書房) ▽尾崎秀樹著『大衆文学』(紀伊國屋新書) ▽真鍋元之著『大衆文学事典』(1967・青蛙房) ▽『大衆文学大系別巻 通史・資料』(1980・講談社) ▽尾崎秀樹監修『歴史小説・時代小説総解説』(1984・自由国民社) ▽大衆文学研究会編、尾崎秀樹監修『歴史・時代小説事典』(2000・実業之日本社) ▽桑原武夫著『文学入門』(岩波新書)』

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精選版 日本国語大辞典

たいしゅう‐ぶんがく【大衆文学】
〘名〙 純文学に対して、一般大衆の興味に訴え、その要求を満足させるために、娯楽的読み物として作られた文学。はじめは主として大正一二年(一九二三)の関東大震災前後から生まれた髷物(まげもの)、剣戟物などと呼ばれた時代小説をさしたが、のちには広く通俗恋愛小説・家庭小説・ユーモア小説・探偵小説(推理小説)・冒険小説などのさまざまなジャンルの小説や、時にはそれらに類した戯曲をもさすようになった。しかし、もともと純文学との境界はあいまいで、大衆文学の中にも高い思想性や芸術性を持ったものもあり、また、第二次大戦後、中間小説なる分野が現われて以来、その概念は常に論議を呼んでいる。大衆文芸。
※詩の原理(1928)〈萩原朔太郎〉内容論「最近、日本に現はれた『大衆文学』といふもの、どんな芸術的主張をもつのか解らないが」

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