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大織冠【たいしょくかん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大織冠
たいしょくかん
室町時代の幸若舞 (こうわかまい) 曲。王朝物。中国から送られた宝珠瀬戸内海に奪われたのを残念に思った大織藤原鎌足が,海女と契ってその女に竜宮の宝珠を取返させるという玉取り伝説。『志度寺 (しどじ) 縁起』に取材した幸若舞曲の代表作で,謡曲海士』と同材。江戸時代に入って同名の古浄瑠璃や,近松門左衛門作『大職冠』を生んだ。

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大織冠
たいしょくかん
古代冠位の一つ。大化3 (647) 年に定された七色十三階冠位制の最高位。天智8 (669) 年中臣鎌足 (→藤原鎌足 ) が前日内大臣となり,藤原姓を賜わると同時に,大織冠を授けられたのが唯一。冠位の制は冠の,色,などによって位階を表わしたが,大織冠についての詳細は不明。

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デジタル大辞泉

たいしょかん〔タイシヨクワン〕【大織冠】
幸若舞曲。室町後期成立。作者未詳。藤原鎌足が、八大竜王に奪われた宝珠を海士(あま)を使って取り返すという玉取り伝説に取材したもの。
(大職冠)浄瑠璃。時代物。五段。近松門左衛門作。正徳元年(1711)大坂竹本座初演。などをもとに、藤原鎌足の蘇我入鹿(そがのいるか)討伐に玉取り伝説を配して脚色したもの。→たいしょっかん(大織冠)

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たい‐しょっかん〔‐シヨククワン〕【大織冠】
《「だいしょっかん」とも》
大化の改新後定められた冠位制で最高の冠位。のちの正一位に相当する。実際には藤原鎌足が授けられただけである。
藤原鎌足の称。

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世界大百科事典 第2版

たいしょかん【大織冠】
幸若舞の曲名作者不明。上演記録の初出は1553年(天文22)(《言継卿記》)。大織冠藤原鎌足は娘の紅白女(こうはくによ)を唐の太宗に嫁がせる。太宗はその返礼に万戸将軍を使者として釈迦の霊物を納めた玉をはじめ多くの宝物を鎌足に贈る。途中,修羅をかたらってこの玉を奪おうとした竜王は万戸に退けられ,計略を用いて竜女〈こひさい女〉を万戸のに忍び込ませる。色香に迷った万戸は竜女に気を許し房前(ふささき)ので玉を盗まれる。

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たいしょかん【大織冠】

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大辞林 第三版

たいしょっかん【大織冠】
だいしょっかんとも
古代の冠位。647年制定の冠位十三階の最高位。これを与えられたのは藤原鎌足だけであったため、鎌足の異名ともなった。 → たいしょかん

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日本大百科全書(ニッポニカ)

大織冠
たいしょくかん
「たいしきかん」とも読む。冠位十三階制、十九階制、二十六階制の最高階で、647年(大化3)から685年(天武天皇14)まで存続。織冠は綴錦(つづれにしき)の冠とされ、服色は深紫。この冠は容易には授けられない高貴なもので、授けられた例は藤原(中臣(なかとみ))鎌足(かまたり)のみである。669年(天智天皇8)鎌足は死去の前日、天智(てんじ)天皇から大織冠と大臣(おおおみ)を授けられ、藤原姓を賜ったといわれる。だから8世紀に成った鎌足の伝記を『大織冠伝』ともいう。[押部佳周]

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精選版 日本国語大辞典

たい‐しょかん ‥ショクヮン【大織冠】
※大鏡(12C前)一「ながれをくみてみなもとをたづねてこそはよく侍べきを、大織冠(タイショクヮン)よりはじめたてまつりて申べけれど」
[2]
[一] 幸若の曲名。室町時代成立。作者不詳。大織冠藤原鎌足と契った海女が、八大龍王に奪われた宝珠を一身を捧げて奪い返すという玉取伝説に取材したもの。謡曲「海士(あま)」と同材。
[二] (大職冠) 浄瑠璃。時代物。五段。近松門左衛門作。正徳元年(一七一一)頃成立。幸若舞曲「大織冠」「入鹿(いるか)」や謡曲「海士」などにより、藤原鎌足が蘇我入鹿を討った話に、玉取伝説などを加えて脚色したもの。朝鮮人来朝を当て込んで作られたという。

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たい‐しょっかん ‥ショククヮン【大織冠】
[1] 〘名〙 孝徳天皇の大化三年(六四七)に定められた一三階の冠位の最高位。その後天智天皇の時までに一九階、二六階と増階されたが、いずれも、その冠位の最高位。後の正一位に相当する。実際には、天智天皇の八年(六六九)に、藤原鎌足が授けられただけである。だいしきのかぶり。だいしき。たいしょかん。
※名語記(1275)九「これには、大職冠の御事につきて、甚深の義侍べり」
[2] 藤原鎌足の称。
※今昔(1120頃か)三一「多武の峯は大織冠の御廟也」

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

大織冠
(別題)
たいしょっかん
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
大職冠
初演
元禄11(江戸・市村座)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
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旺文社日本史事典 三訂版

大織冠
たいしょくかん
大化の改新政府の定めた官位の最高位
647年7色13階,649年19階,664年26階冠位の制で,いずれも最高位。669年藤原鎌足が臨終に際して天智天皇ので任命され,以後任命をみない。のち鎌足の代名詞となった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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