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大槻文彦【おおつき ふみひこ】

美術人名辞典

大槻文彦
国語学者・新聞記者。江戸生。大槻磐渓の三男、大槻如電の弟。本名は清復、通称は復三郎、号は復軒。文学博士。『言海』の著者。昭和3年(1928)歿、82才。

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デジタル大辞泉

おおつき‐ふみひこ〔おほつき‐〕【大槻文彦】
[1847~1928]国語学者。江戸の生まれ。号は復軒。磐渓の三男。辞典の編修、文法書の著述国字問題への尽力など多くの業績がある。編著言海」「大言海」「広日本文典」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

大槻文彦 おおつき-ふみひこ
1847-1928 明治-大正時代の国語学者。
弘化(こうか)4年11月15日生まれ。大槻磐渓の3男。大槻如電(じょでん)の弟。開成所,大学南校でまなび,明治5年文部省にはいる。宮城師範校長,国語調査委員会主査委員などを歴任。国語辞書「言海」(のち増補し「大言海」)を編集し,24年自費刊行した。学士院会員。昭和3年2月17日死去。82歳。江戸出身。本名は清復。通称は復三郎。号は復軒。著作に「広日本文典」など。
【格言など】辞書は文教のもといたること,論ずるまでもなし

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

おおつきふみひこ【大槻文彦】
1847‐1928(弘化4‐昭和3)
国語学者。本名は清復,通称は復三郎,復軒と号した。儒者磐渓の子,如電の弟。江戸に生まれ,若く漢学洋学を修め,のち国語の研究に進んだ。1899年文学博士,1911年帝国学士院会員。その業績は,辞典の編修,文典の著述,および国字問題への尽力において著しい。《言海》(1889‐91)は,初め文部省の命で10年を費やして脱稿したものであるが,画期的な国語辞書として,後年数百版を重ねた。晩年十数年はその増訂に専心したが,その《大言海》は没後(1937)に至って完成した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

おおつきふみひこ【大槻文彦】
1847~1928) 国語学者。江戸生まれ。号、復軒。磐渓ばんけいの子。文部省の命をうけ国語辞書「言海」(のち増補し「大言海」)を著す。また、国文法書「広日本文典」「口語法別記」などを刊行。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大槻文彦
おおつきふみひこ
[生]弘化4(1847).11.15. 江戸木挽町
[没]1928.2.17. 東京
国語学者。文部省国語調査委員会委員,臨時仮名遣調査委員会委員などを歴任。 1899年文学博士。 1911年帝国学士院会員となる。『広日本文典』 (1897) およびその解説である『広日本文典別記』 (同) は,江戸時代以来の国学の流れと西洋文典の折衷で注目される。「弖爾乎波 (てにをは) 」と「法」「相」「八品詞」などの用語にその特徴が表われている。『言海 (げんかい,ことばのうみ) 』 (4冊,89~91,再版で1冊本,のち改訂増補されて『大言海』〈4冊,1932~35,索引,37〉) は語彙を多く集め,五十音順に並べるなど,のちの国語辞典の依拠するところとなった。国語調査委員会から出したものに『口語法』 (16) とその調査に対する解説書『口語法別記』 (17) がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

大槻文彦
おおつきふみひこ
(1847―1928)
国語学者。儒者大槻磐渓(ばんけい)の三男として江戸に生まれる。如電(じょでん)の弟。開成所、仙台藩養賢堂、三叉(さんしゃ)学舎などに学んだ。1872年(明治5)文部省八等出仕、英和辞書の編集にあたり、その後宮城師範学校校長、文部省御用掛などを歴任し、そのほか国語調査委員会委員などをも務めた。1891年刊行完成の『言海』は、ウェブスターやヘボンの辞書を参照し、各語の発音、語の類別や語源、語釈、出典にわたって記したもので、国語の普通辞書として広く用いられた(のちに増補されて『大言海』になる)。また、その巻頭に付した「語法指南」に改訂を加えて1897年『広日本文典』『広日本別記』を刊行したが、これは和洋の折衷文典として、文法学の基礎をなし、学校文法にも広く影響を与えた。このほか、国語調査委員会の『口語法』『口語法別記』の編集にもかかわるなど、口語研究にも新しい面を開いた。[古田東朔]
『『国語と国文学』大槻大矢両博士記念(1928年7月号・至文堂) ▽古田東朔「大槻文彦伝」(『文法』1969年5月号~1971年3月号所収・明治書院)』

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精選版 日本国語大辞典

おおつき‐ふみひこ【大槻文彦】
国語学者。号復軒。江戸生まれ。磐渓(ばんけい)の子。文部省に入り、辞書のあるべき姿を明確に自覚した上で編纂された、近代的な国語辞典の最初である「言海」を刊行、没後、増補改訂版にあたる「大言海」(全四巻)が完成。また「広日本文典」「口語法」「口語法別記」などを著わし、国文法の研究に貢献した。弘化四~昭和三年(一八四七‐一九二八

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