Rakuten infoseek

辞書

大崎氏【おおさきうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大崎氏
おおさきうじ
斯波氏の一族で,陸奥国豪族斯波高経の弟家兼が祖という。奥州探題職を世襲したが,天正 18 (1590) 年豊臣秀吉に所領を没収されて断絶。 (→最上氏 )

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

おおさきうじ【大崎氏】
陸奥国大崎五郡(宮城県北西部)の戦国大名先祖は足利一門の斯波(しば)氏。1354年(正平9∥文和3)斯波家兼室町幕府の陸奥国統治機関の長官である奥州管領として下向したのがはじまり。苗字の由来は祖先が下総国大崎荘を領していたためという。室町時代に奥州探題として発展し,15世紀中ごろの大崎教兼のころまでは,奥州武士の官職任命を幕府に取り次ぐなど,奥州武士の統率を行っていた。しかしその後は勢力を失い,南奥の伊達氏の下風に立つようになった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

大崎氏
おおさきうじ
奥州探題(おうしゅうたんだい)。のちに陸奥国(むつのくに)の戦国大名。足利(あしかが)氏支流の斯波(しば)氏一族で、家兼(いえかね)を祖とする。下総国(しもうさのくに)大崎庄あるいは陸奥国大崎に、名字の由来があるという。世系に出入りが多く諸説があるが、奥州管領(かんれい)斯波詮持(あきもち)のころから、大崎氏を名のり、志田(しだ)、玉造(たまつくり)、長岡(ながおか)や賀美(かみ)、遠田(とおだ)、栗原(くりはら)の各郡を大崎領と称した。室町中期には、探題府とした玉造郡名生(みょう)城(宮城県大崎市)を中心に奥州国人を統率し、戦国大名に変質後は、賀美郡中新田(なかにいだ)城(宮城県加美(かみ)町)も居城に加え、黒川、内ヶ崎、古川、高泉(たかいずみ)、真坂(まさか)、百々(どうどう)諸氏ら親類衆と、氏家(うじいえ)、中目(なかのめ)、渋谷(しぶや)、里見(さとみ)諸氏ら宿老衆(しゅくろうしゅう)を中心として、領国を維持した。1590年(天正18)大崎義隆(よしたか)のとき、小田原攻め不参を理由に豊臣秀吉(とよとみひでよし)により所領を没収され、滅亡した。[遠藤 巌]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大崎氏」の用語解説はコトバンクが提供しています。

大崎氏の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.