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大寧寺【ダイネイジ】

デジタル大辞泉

だいねい‐じ【大寧寺】
山口県長門市にある曹洞宗の寺。山号は、東廬山。応永17年(1410)大内教弘の建立、石室真梁の開山。天文20年(1551)陶晴賢(すえはるかた)に追われた大内義隆寺内自刃

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防府市歴史用語集

大寧寺
 長門市深川にある寺で、1410年に建てられました。1551年に陶晴賢[すえはるかた]が反乱を起こした時に、大内義隆[おおうちよしたか]が逃げこんだのですが、周りを敵に囲まれてしまったため、自刃しました。そのときに大寧寺も焼けてしまいましたが、毛利元就[もうりもとなり]が建て直しています。

出典:ほうふWeb歴史館
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デジタル大辞泉プラス

大寧寺
山口県長門市にある曹洞宗の寺院、瑞雲萬歳山大寧護国禅寺の通称。1410年開創。1551年、大内家当主・大内義隆が自刃した地。

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世界大百科事典 第2版

たいねいじ【大寧寺】
山口県長門市深川湯本にある曹洞宗の寺。応永年間(1394‐1428)長門守護代鷲頭弘忠が曹洞宗通幻派の石屋真梁を開山として建立したのが起り。同派の防長への教線進展の一拠点となった。弘忠の死後も守護大内氏歴代の帰依を受け,その積極的保護のもとに竹居正猷器之為璠などの名僧が相次いで住持となり,諸国からその高風を慕って来寺するもの多く,寺勢は大いに高まった。その後,1551年(天文20)に外護者大内義隆が重臣陶晴賢の謀反にあって当寺で自害した際,堂宇も兵火によって灰燼(かいじん)に帰し,一時廃絶の危機にした。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

だいねいじ【大寧寺】
山口県長門市深川湯本にある曹洞宗の寺。応永年間(1394~1428)長門守護代鷲頭弘忠の開創。開山、石屋真梁。大内義隆父子が自刃した所。また、上杉憲実終焉の地。たいねいじ。

出典:三省堂
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精選版 日本国語大辞典

だいねい‐じ【大寧寺】
山口県長門市深川湯本にある曹洞宗の寺。山号は東盧山。または瑞雲山。正称は大寧護国禅寺。応永年間(一三九四‐一四二八)守護鷲頭弘忠が石屋(室)真梁(せきおくしんりょう)を開山に創建。天文二〇年(一五五一)大内義隆がその臣、陶晴賢に襲われ自刃した所。のち毛利元就が再建。以後、毛利氏の菩提寺となった。

出典:精選版 日本国語大辞典
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