Rakuten infoseek

辞書

大内氏【おおうちうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大内氏
おおうちうじ
姓は多々良氏で,百済聖明王の第3子琳聖太子の子孫という。代々周防権介を世襲したが,弘世のとき,足利氏に従って戦功を立て,山口を本拠として勢力を拡大した。その子義弘は長門,石見,周防,豊前,和泉,紀伊の6ヵ国の守護となったが,山名時清らと応永の乱を起して敗死。政弘も周防,長門,豊前,筑前の守護として勢力を有し,応仁・文明の (→応仁の乱 ) には西軍の主力として戦った。その子義興は永正5 (1508) 年足利義稙を将軍に復し,管領代となった。その子義隆は7ヵ国の守護として勢力をふるい,公家を保護し,対明貿易を行い,キリスト教布教を認めるなど,地方文化の発展に寄与したが,家臣陶 (すえ) 晴賢に襲われて自殺し,大内氏は滅亡した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

防府市歴史用語集

大内氏
 周防国府[すおうこくふ]の役人で、もともと、多々良[たたら]氏と言います。鎌倉時代には御家人[ごけにん]となり、南北朝時代の大内弘世[おおうちひろよ]のときには山口一帯を支配します。最大で7カ国を支配するなど勢力を広げましたが、1555年、大内義隆[おおうちよしたか]が家臣の陶晴賢[すえはるかた]に討たれ、大内義長[おおうちよしなが]が後継ぎになりますが、毛利[もうり]氏によってほろぼされました。

出典:ほうふWeb歴史館
Copyright 2002,Hofu Virtual Site Museum,Japan
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

おおうちうじ【大内氏】
中世の西中国の雄族(図)。百済聖明王第3子琳聖太子が周防国多々良浜に着岸,聖徳太子より大内県を采邑とし多々良の姓を賜ったと伝える。鉄製錬技術をもち半島から帰化した氏族であろう。12世紀中葉から周防在庁の有力者で盛房以来周防権介を世襲し大内介と称した。13世紀後半惣領家は在国司ほかの要職を,庶家の問田(といた)・右田(みぎた)・鷲頭(わしず)の諸家も在庁の要職を保持し,同時に鎌倉御家人で六波羅評定衆。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

大内氏
おおうちうじ
中世中国地方の雄族。推古(すいこ)朝に百済(くだら)聖明王(せいめいおう)の第3子琳聖太子(りんしょうたいし)が周防国(すおうのくに)にやってきて、多々良(たたら)の姓を賜ったと伝える。鉄製錬技術をもち、朝鮮半島から渡来した氏族であろう。12世紀中ごろの周防国衙(こくが)での有力者で、盛房(もりふさ)以来周防権介(ごんのすけ)を世襲し大内介と称す。鎌倉時代には、一族で国衙在庁の多くを占め、現地支配機構を実質的に掌握した。また鎌倉御家人(ごけにん)でもあり、六波羅評定衆(ろくはらひょうじょうしゅう)にもなっている。弘世(ひろよ)は南北朝時代初期に西中国に勢力を拡張し、その本拠を大内村から山口に移すなど大内氏発展の基礎を築いた。その子義弘(よしひろ)はさらに勢力を拡張して周防、長門(ながと)、豊前(ぶぜん)、和泉(いずみ)、紀伊の5か国の守護となったが、1399年(応永6)に応永(おうえい)の乱を起こして敗死した。これによりその勢力は一時衰えたが、盛見(もりはる)以後、室町幕府の九州経略上の実力者として重きをなした。政弘(まさひろ)は応仁(おうにん)の乱において西軍の重鎮として戦い、さらに義興(よしおき)は管領代(かんれいだい)として幕政を掌握し、義隆(よしたか)は周防、長門、安芸(あき)、備後(びんご)、石見(いわみ)、豊前、筑前(ちくぜん)7か国の守護となり、西国随一の勢力を誇った。1551年(天文20)家臣陶晴賢(すえはるかた)は義隆を滅ぼし、その甥(おい)義長(よしなが)を擁立したが、1555年(弘治1)厳島(いつくしま)で毛利元就(もうりもとなり)と戦い敗死、1557年大内氏は滅亡した。大内氏は、朝鮮、中国との貿易を行うなど歴代対外通交に努めた。また学問、芸能を奨励し、ザビエルにキリスト教布教を許すなど独特の山口文化を展開した。なお室町・戦国時代に大内氏が逐次制定した分国法を大内家壁書(かべがき)(大内氏掟書(おきてがき))という。[外園豊基]
『近藤清石編著『大内氏実録』(1885/再刊・1974・マツノ書店) ▽御薗生翁甫著『大内氏史研究』(1959・山口県地方史学会大内氏史刊行会)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大内氏」の用語解説はコトバンクが提供しています。

大内氏の関連情報

他サービスで検索

「大内氏」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.