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墨家【ぼくか】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

墨家
ぼくか
Mo-jia
中国の諸子百家の一つ。兼愛 (博愛) や非攻 (不侵略) などを説いた墨 翟 (ぼくてき) をとする一派で,先思想界の大勢力であったが,とんら数人以外は名が知られていない。

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デジタル大辞泉

ぼっ‐か〔ボク‐〕【墨家】
中国古代諸子百家の一。墨子(ぼくし)の説いた学説を奉じ、兼愛の倫理を説く。→墨子

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ぼく‐か【墨家】

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世界大百科事典 第2版

ぼくか【墨家 Mò jiā】
中国の学問分類における一派,諸子百家の一つ。《漢書》芸文志が古代の思想諸学派,道,陰陽,法,名,などの10家に分けたのに始まることば(前漢末の劉歆(りゆうきん)《七略》に基づく)。それ以前は墨者(ぼくしや)と呼ばれた。開祖は戦国初期のの工匠,墨翟(ぼくてき)(墨子,前5世紀後半~前4世紀前半)。墨翟の後を継ぐ指導者を鉅子(きよし)(巨子)という。第2代は禽滑釐(きんかつり),第3代は許犯(孟勝)。

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ぼっか【墨家】

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大辞林 第三版

ぼくか【墨家】
ぼっか墨家

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ぼっか【墨家】
中国、戦国時代の諸子百家の一。墨子を祖とする学派。儒家の説く礼楽をしりぞけ、兼愛(無差別の愛)・交利(相互扶助)を唱え、勤倹節約を重んじた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

墨家
ぼくか
旧中国の学問分類における一派。『漢書(かんじょ)』芸文志(げいもんし)が古代の思想諸学派を儒、道、陰陽(いんよう)、法、名、墨、……の10家に分けたのに始まることば(前漢末の劉(りゅうきん)『七略(しちりゃく)』に基づく)。それ以前は墨者(ぼくしゃ)とよばれた。開祖は戦国初期の宋(そう)の工匠(こうしょう)・墨子(ぼくし)(墨(ぼくてき)。前5世紀後半~前4世紀前半)。墨の後を継ぐ指導者を鉅子(きょし)という。2代は禽滑釐(きんかつり)、3代は許犯(きょはん)。墨家は明確なプログラムをもち厳格な規律を守りつつ鉅子に率いられて行動する社会変革の実践集団であった。周代の各国の君主や貴族に隷属していた職能氏族が封建的社会体制の解体過程で結束してつくったギルド的工人集団に由来する。メンバーは工人、農民が中心。集団の内部では談弁(だんべん)(外部に対する遊説・宣伝)、説書(せつしょ)(メンバーの教育)、従事(じゅうじ)(城郭を守るための戦闘)などの任務分担が行われており、また「墨者の法」という規約もメンバーにより自発的に厳守されていた。その思想は『墨子』53篇(ぺん)(もと71篇)によって知られ、尚賢(しょうけん)、尚同(しょうどう)、兼愛、非攻、節用、節葬、天志、非楽(ひがく)、明鬼(めいき)、非命の10論23篇(主張を変えるごとに各篇や上中下篇を書き改めた)がその綱領、経(けい)上下、経説(けいせつ)上下、大取(だいしゅ)、小取の6篇の論理学・自然学がその基礎づけ。当時各国は国内的には中央集権的専制化、対外的には戦争による大国化を進めていたが、初期墨家(~前381)は兼愛論(相互愛の普遍化)と非攻論(反戦平和)などを唱えてそれに反対し、集団を軍事組織化して小都市、小国の防衛に奔走した。以来、戦国時代を通じて儒家と並ぶ最有力の学派。
 4代の鉅子・田襄子(でんじょうし)から中期(前381~前300)に入るが、中期墨家の主力はやがて秦(しん)に移動した(秦墨(しんぼく)とよばれる)。後期墨家(前300~前206)になると、兼愛・非攻を実現するために現実に妥協して中央集権を理論化する尚同篇・尚賢篇を著し、その根拠づけのために宗教的な天・鬼神の存在を認める天志篇・明鬼篇を著した。この路線変更によって秦・漢帝国の体制作りに貢献した末期墨家(前206~)は、集団の分裂抗争(『韓非子(かんぴし)』顕学(けんがく)篇と『荘子(そうじ)』天下篇を参照)と前漢の武帝の儒教一尊の政策によって衰微、消滅した(前122)。墨家の書としては『漢書』芸文志のほかに、『尹佚(いんいつ)』2篇、『田(でんきゅうし)』3篇、『我子(がし)』1篇、『随巣子(ずいそうし)』6篇、『胡非子(こひし)』3篇、計6家86篇が著録されているが、『墨子』を除きすべて散逸した。[池田知久]
『孫詒譲撰『墨子間詁』(1894) ▽大塚伴鹿著『墨子の研究』(1943・森北書店) ▽渡辺卓著『古代中国思想の研究』(1973・創文社)』

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精選版 日本国語大辞典

ぼっ‐か ボク‥【墨家】
〘名〙 中国上代の諸子百家の一つ。戦国時代初期の人と思われる墨翟(ぼくてき)を祖とする一派の称。兼愛交利(無差別の愛と相互扶助)を説き、礼楽を無用の消費としてしりぞけ、節倹勤労の重んずべきことを主張。当時儒家と対立する勢力を保持していたが、前漢の中ごろまでにほとんど消滅した。その思想は「墨子」五三編に見える。〔漢書‐芸文志〕

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ぼく‐か【墨家】

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旺文社世界史事典 三訂版

墨家
ぼくか
墨子(墨翟 (ぼくてき) )を祖とする戦国時代の諸子百家の1つ
『墨子』という書物にその思想が伝えられている。墨家の思想は,儒家に対して兼愛説(平等に人を愛すること)を説く。また勤倹をすすめ,非攻(戦争反対)を唱えるなど,実際的な教説を積極的に布教した。さらに厳格な規律をもつ集団をつくり,宣伝部,教育部,戦闘部などに分かれて小都市や小国防衛に奔走した。戦国時代には儒家と並ぶ最大勢力であったが,現実路線をとって秦と結んでからは徐々に衰退した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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