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堀河百首【ほりかわひゃくしゅ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

堀河百首
ほりかわひゃくしゅ
平安時代後期の百首歌。『堀河院百首』『堀河院御時百首和歌』『堀河院初度百首』『堀河院太郎百首』ともいう。康和4 (1102) ~5年頃詠んだものを,長治1 (04) 年頃堀河天皇に献詠したものか。源俊頼藤原基俊ら当時の歌人 14名の百首歌を収める。ほかに,永縁,源顕仲のうち1名を加えた 15名のもの,両者を加えた 16名のものがある。春 (立春~三月尽) 20首,夏 (更衣~荒和祓) 15首,秋 (立秋~九月尽) 20首,冬 (初冬~除夜) 15首,恋 10首,雑 20首の 100題 100首を各人が詠んでいる。「組題百首」の初めで,のちの百首歌の題の典拠となり,後世への影響が大きい。

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デジタル大辞泉

ほりかわひゃくしゅ〔ほりかはヒヤクシユ〕【堀河百首】
平安後期の歌集。長治2年(1105)ごろ成立か。堀河天皇の時、藤原公実(きんざね)・源俊頼・源国信らを中心に、当時の代表的歌人の大江匡房(まさふさ)藤原基俊ら16人が詠んだ百題による百首歌の集成。後代の組題百首の規範とされ、重んじられた。堀河院御時(おんとき)百首和歌。

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大辞林 第三版

ほりかわひゃくしゅ【堀河百首】
和歌集。康和年間(1099~1104)頃成立。堀河天皇の召しにより、藤原公実が企て、源俊頼が勧進したという。藤原公実・源俊頼のほか、当時の代表歌人、大江匡房・藤原基俊など一六人の、立春・子日ねのひ以下一〇〇題の百首歌を収める。勅撰集に二五〇余首が撰入され、また歌合うたあわせの証歌としても重んじられて、以後の組題百首の規範となった。堀河院御時百首和歌。堀河院初度百首。堀河院太郎百首。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

堀河百首
ほりかわひゃくしゅ
平安後期、堀河天皇のとき、源俊頼(としより)、源国信(くにざね)らが中心に、当時の有力歌人に詠進させた百題による百首歌(組題百首)の集成。1105年(長治2)から1106年の間に成立か。当初、藤原公実(きんざね)、大江匡房(まさふさ)、源国信、源師頼(もろより)、藤原顕季(あきすえ)、藤原仲実(なかざね)、源俊頼、源師時(もろとき)、藤原顕仲(あきなか)、藤原基俊(もととし)、隆源(りゅうげん)、肥後、紀伊、河内(かわち)の14人、のちに源顕仲、永縁(えいえん)が加わり、題ごとに部類した。『堀河院御時百首和歌』『堀河院太郎百首』『堀河院初度百首』などの名称もある。和歌史上最初の大規模な組題百首の試みとして後代に規範とされ、題詠、習作の際に取り組む形式として尊重された。内容面でも、新しい歌題には堀河朝歌壇の新風が多様に反映して、時代色の断面をうかがわせている。[近藤潤一]
『橋本不美男・滝沢貞夫著『校本堀河院御時百首和歌とその研究 本文研究篇』(1976・笠間書院) ▽橋本不美男・滝沢貞夫著『校本堀河院御時百首和歌とその研究 古注索引篇』(1977・笠間書院)』

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