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地動説【ちどうせつ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

地動説
ちどうせつ
heliocentric theory
1543年コペルニクスによって唱えられた宇宙構造。アレクサンドリア文明以来,天文学界を支配していたのは,地球を宇宙の中心とするプトレマイオス体系であった。ピタゴラスの弟子フィラリオスが観念的な地動説を唱えた先駆的な例もあるが,多くの観測家によってたくわえられたデータを説明するには,地球が太陽の周囲を公転すると考えるのが便利であることを論理的に説いたのは,コペルニクスが最初である。この説は,公転軌道として円を考えていたので,同時代の T.ブラーエらの精密な観測結果を細部まで裏づけることができず,説得力はなお不足であったが,ガリレイ望遠鏡による観測などによって実証的に裏づけられ,J.ケプラーが師ブラーエの観測値より楕円軌道説を採用するに及んで,あらゆる反論の根は断ち切られ,プトレマイオス天動説に代って受入れられることとなった。

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デジタル大辞泉

ちどう‐せつ【地動説】
太陽は宇宙の中心に静止し、地球が自転しながら他の惑星とともに太陽の周りを回っているとする考え方。アリスタルコスコペルニクスによって唱えられた。太陽中心説。⇔天動説

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とっさの日本語便利帳

地動説
ポーランド生まれの天文学者コペルニクスが唱えた、地球の自転、公転を基礎とする新たな宇宙観。中世を通じて信奉された人間中心的宇宙観(天動説)を根底から覆すこの説は、ガリレオ・ガリレイを経てニュートンに至り、ようやく認められる。

出典:(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」

世界大百科事典 第2版

ちどうせつ【地動説】
一般には地球の自転,公転によって,天体現象を説明する理論をいい,その意味では〈太陽中心説〉と同義である。実際,ヨーロッパ語では〈地動説〉に当たる語は熟していない(英語ではhelio‐centric model,helio‐centric theoryがふつうである)。しかし,地球の回転運動の可能性は通常の意味での自転,公転以外にもあり,例えば,朝鮮での金錫文(1658‐1735)のように非常に大きな時間のなかでの地球の回転を考えるような〈地動説〉もありうる(金錫文は今日でいう自転も認めていたと解される)。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ちどうせつ【地動説】
天動説に対し、地球が太陽の周りを公転しているとする説。太陽信仰を背景に古くからあり、古代ギリシャではアリスタルコスのものが知られる。ただ、地球の運動が実感されないなど多くの難点が存在し、それらが力学的立場から合理的に説明されるにはコペルニクスからニュートンまで約150年を要した。なお、天球という殻が破られ、無限の宇宙に無数の恒星が存在するという宇宙像は、クザーヌスやブルーノら思想家に負うところが大きい。 → 天動説

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日本大百科全書(ニッポニカ)

地動説
ちどうせつ
地球は惑星の一員として自転しつつ、太陽を中心にその周囲を公転しているという宇宙模型。太陽中心説。古代・中世を通じて天動説(地球中心説)が人々の宇宙観を支配してきたが、16世紀になってコペルニクスの提唱に基づいて、この地動説に転回した。
 地球が不動でなく、円形軌道を描いて空間を公転しているという構想は、古代ギリシア以来、フィロラオス(前5世紀)、アリスタルコス(前3世紀)、ニコラウス・クザーヌス(15世紀)、レオナルド・ダ・ビンチ(15世紀)らが唱えた。なかでもアリスタルコスの立論は観測資料に基づいたもので、もっとも合理的かつ具体的であった。彼は、太陽は地球より大きいゆえにその年周運動は地球の公転による、また恒星は太陽と同等の天体であるから、その日周運動は地球の自転による、と説く。すなわち地球は自転しながら太陽の周りを公転する。このアリスタルコスの構想はまさにコペルニクスの先駆である。しかし発表当時はプラトン、アリストテレスらの天動説が主流の時代であり、評価されなかった。アリスタルコスに関する手記は16世紀初期、北イタリア遊学中のコペルニクスによって日の目をみることができた。
 コペルニクスがプトレマイオスの天動説をおいてアリスタルコスの地動説を選んだ理由の一つは、前者の複雑な技巧性に対して、後者の簡明な合理性を認めた点である。彼は地球の公転軌道の内側に水星と金星、外側に火星と木星と土星の公転軌道を決定した。この体系の優れた点は、公転周期の比較によって軌道半径比が幾何学的に算定されることである。
 当時、遠洋航海用天体暦が正確さを欠き、船乗りの安全にかかわり、ひいては海外発展を阻むものとして問題になっていた。その原因は天動説による天体位置の推算にあった。コペルニクスは聖職の任務を果たしつつ、新宇宙体系による天体位置推算値を観測によって確かめた。
 地動説は、コペルニクスの発表(『天球の回転について』1543)後、ローマ教皇庁の強権的圧迫を受けたにもかかわらず、近代科学発展の原点ともなった。ガリレイの望遠鏡による実証(1609)、ケプラーの公転に関する三法則の提唱(1619)、ニュートンの万有引力に基づく軌道解析(1687)などを経て、ブラッドリーの光行差の発見(1727)、ベッセルらの年周視差の検証(1838)によって、地動説は確固たるものとなった。[島村福太郎]
『矢島祐利訳『天体の回転について』(岩波文庫) ▽ガリレイ著、青木靖三訳『天文対話』上下(岩波文庫) ▽シャロン著、中山茂訳『宇宙論の歩み』(1971・平凡社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ちどう‐せつ【地動説】
〘名〙 地球は自転しながら他の惑星と同様に太陽の周囲を公転するという説。アリスタルコスやコペルニクスなどが主張した。⇔天動説
※哲学階梯(1887)〈今井恒郎訳〉一「例へば地動説、重力論、光線波動説の如き其初め皆臆説にあらざるなし」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

地動説
ちどうせつ
heliocentric theory
地球は,宇宙に静止する太陽の回りを自転しながら公転しているとする説。太陽中心説ともいう
思想としての地球自転説は,すでに古代のピタゴラス学派において見出され,地球公転説も,前3世紀アリスタルコスによって提起された。しかし,前2世紀以降,ヒッパルコス・プトレマイオスによって展開された天動説は,教会によって権威づけられ,地動説はその存在が薄れた。しかし,16世紀にはいると,コペルニクスが地球の自転・公転,また惑星の運動を証明し,17世紀にはガリレイやケプラーが出てさらに地動説を進展させた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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