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国木田独歩【くにきだ どっぽ】

美術人名辞典

国木田独歩
詩人・小説家国木田収二の兄。千葉県生。名は哲夫自然主義文学先駆者といわれた。代表作に『武蔵野』『窮死』『竹の木戸』等がある。明治41年(1908)歿、38才。

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デジタル大辞泉

くにきだ‐どっぽ〔‐ドクホ〕【国木田独歩】
[1871~1908]詩人・小説家。千葉の生まれ。本名、哲夫。新体詩から小説に転じ、自然主義文学の先駆となる。代表作「武蔵野」「源叔父」「牛肉と馬鈴薯」「運命論者」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

国木田独歩 くにきだ-どっぽ
1871-1908 明治時代の詩人,小説家。
明治4年7月15日生まれ。植村正久から受洗。明治27年国民新聞記者として日清戦争に従軍。30年共著の詩集「抒情詩」に「独歩吟」をまとめる。ついで「源叔父」「武蔵野」などの浪漫(ろうまん)的な短編小説をかく。34年「牛肉と馬鈴薯」を発表,自然主義の先がけとして評価された。明治41年6月23日死去。38歳。千葉県出身。東京専門学校(現早大)中退。本名は哲夫。
【格言など】山林に自由存す われ此句を吟じて血のわくを覚ゆ(「抒情詩」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

くにきだどっぽ【国木田独歩】
1871‐1908(明治4‐41)
詩人,小説家。千葉県生れ。本名哲夫。父専八は播州竜野藩士。明治初年,藩船で漂着した専八と銚子出身の淡路まんとの間に生まれた。幼少年期は山口県で育ち,山口中学を経て,1888年から91年まで東京専門学校(現,早稲田大学)に学ぶ。在学中,《女学雑誌》《青年思海》に投稿。またキリスト教入信。92年,浪漫主義の同人誌《青年文学》に参加,ワーズワース,カーライルの作品に出会い,精神革命を経験した。93年に起筆した日記《欺かざるの記》は,97年まで続き,明治中期の青年の苦悩とあこがれに表現を与えた。

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大辞林 第三版

くにきだどっぽ【国木田独歩】
1871~1908) 小説家・詩人。千葉県銚子生まれ。本名、哲夫。浪漫的な人生観・自然観を「武蔵野」「運命」に結晶、晩年は自然主義的な人生批評に傾いた。小説「牛肉と馬鈴薯」、日記「欺かざるの記」

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

国木田独歩
くにきだどっぽ
[生]明治4(1871).7.15. 銚子
[没]1908.6.23. 茅ヶ崎
詩人,小説家。本名,哲夫。東京専門学校を中退 (1891) し,英語教師などを経て新聞記者として日清戦争に従軍,『国民新聞』に連載された『愛弟通信』 (1894~95) の清新な文章が好評を博した。さらに『独歩吟』 (1897) ,『第二独歩吟』 (1897) などの新体詩を発表。小説では,代表作『武蔵野』をはじめ『源叔父』 (1897) ,『忘れ得ぬ人々』 (1898) など 18編収載の『武蔵野』 (1901) を経て,『牛肉と馬鈴薯』 (1901) ,『春の鳥』 (1904) など9編収載の『独歩集』 (1905) や,『巡査』 (1902) ,『空知川の岸辺』 (1902) など9編所載の『運命』 (1906) などの刊行により文壇的地歩を築いた。しかしその間,失恋と貧窮の生活が続いて健康を害し,島崎藤村と並ぶ新時代の文学の担い手と目されながら結核に倒れた。社会的な視野を導入して円熟の境地を開いた『窮死』 (1907) ,『竹の木戸』 (1908) など 10編収載の『独歩集第二』 (1908) ,自己観照に富む日記『欺かざるの記』 (1908~09) その他が死後続々出版されて,自然主義の先駆者としての不動の声価を定めた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

国木田独歩
くにきだどっぽ
(1871―1908)
詩人、小説家。明治4年7月15日、千葉県銚子(ちょうし)生まれ。幼名亀吉(かめきち)、本名哲夫(てつお)。播州(ばんしゅう)(兵庫県)龍野(たつの)藩士専八の子。母まんの連れ子説もある。1876年(明治9)、父の山口裁判所勤務のため山口に移住。1887年、山口中学校を退学し上京。1888年、東京専門学校(現早稲田(わせだ)大学)英語普通科に入学したが、1891年退学。同年1月、一番町教会において植村正久(まさひさ)により受洗。5月、山口に帰り、吉田松陰(しょういん)の松下村塾(しょうかそんじゅく)に倣い、田布施に波野(はの)英学塾を開いた。1892年ふたたび上京し、青年文学会で活躍。そのころ、独歩文学に大きな影響のあった『ワーズワース詩集』を入手している。その後、大分県佐伯(さいき)の鶴谷(つるや)学館の教師として約1年過ごし、自然と人間生存との思索を深めた。1894年、上京し国民新聞社入社。日清(にっしん)戦争起こり、従軍記者として活躍。弟収二にあてた形式の通信文は親しみのこもった筆致で生彩を放ち、のち『愛弟通信』(1908)にまとめられた。1895年、佐々城信子(ささきのぶこ)(有島武郎(たけお)の小説『或(あ)る女』のモデル)と知り合い、周囲の反対を押し切り、北海道開拓の希望も捨てて結婚するが、5か月で信子は失踪(しっそう)し、1896年4月離婚した。
 その年の9月から渋谷に住み、このころツルゲーネフに親しみ、『武蔵野(むさしの)』を構想する。1897年4月、田山花袋(かたい)、太田玉茗(ぎょくめい)、松岡国男(くにお)(柳田国男(やなぎたくにお))、宮崎湖処子(こしょし)らとの共著詩集『抒情詩(じょじょうし)』に、「山林に自由存す」を含む『独歩吟』を発表。なお、1893年から1897年にかけての生活と思索は、日記『欺(あざむ)かざるの記』(1908~09)に詳しい。処女小説『源叔父(げんおじ)』(1897)を発表。1898年『今の武蔵野』『忘れえぬ人々』『鹿(しか)狩』など浪漫(ろうまん)的な作品を発表。1901年(明治34)これらを収めた『武蔵野』を出版する。この間、報知新聞や民声新報に入社するが、ほどなく退社。『牛肉と馬鈴薯(じゃがいも)』(1901)、『酒中日記』『空知川(そらちがわ)の岸辺』(1902)、『運命論者』(1903)、『春の鳥』(1904)など、主として現実性を追究しようとする作品を発表。これらは『独歩集』(1905)、『運命』(1906)として刊行。のちに、自然主義の作品として高く評価された。とくに『運命』は独歩の文壇的声価を高めた。1902年末、敬業社(のち近事画報社)に入社。この後を受けて独歩社をおこすが、経営悪化で1907年に破産。過労のため健康も優れぬなかで、『窮死』(1907)、『竹の木戸』(1908)などの現実を凝視した佳作を発表。明治41年6月23日、茅ヶ崎(ちがさき)の南湖院で死去。[中島礼子]
『『定本 国木田独歩全集』10巻・別巻1(1978・学習研究社) ▽小野茂樹著『若き日の国木田独歩――佐伯時代の研究』(1959・アポロン社) ▽坂本浩著『国木田独歩』(1969・有精堂出版) ▽桑原伸一著『国木田独歩――山口時代の研究』(1972・笠間書院)』

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精選版 日本国語大辞典

くにきだ‐どっぽ【国木田独歩】
詩人、小説家。本名哲夫。千葉県に生まれる。日清戦争の従軍記者として活躍。抒情詩人、浪漫主義的作家として出発し、自然主義文学の先駆となる。著作「源おぢ」「武蔵野」「空知川の岸辺」「牛肉と馬鈴薯」「運命論者」など。明治四~四一年(一八七一‐一九〇八

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