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嘆きの壁【なげきのかべ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

嘆きの壁
なげきのかべ
Wailing Wall
エルサレム旧市西境の城壁の一部。ユダヤ人の間では『詩篇』に歌われたソロモン神殿の城と伝えられ,聖なる場所とされている。毎週金曜日ユダヤ教信徒はこの壁の前に集って神殿の破壊 (前 597,後 70) を嘆き,聖地回復を祈ってを流すが,この慣習中世に始ったものと思われる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

なげき‐の‐かべ【嘆きの壁】
Wailing Wallエルサレム旧市街の西側の城壁の一部の呼称。ユダヤ王ヘロデの時代に改築され、紀元70年にローマ軍によって破壊されたエルサレム神殿唯一の遺構。ユダヤ人の聖地とされ、中世以来、ユダヤ人はこの壁に額を押し当て、聖なる滅亡と神殿の荒廃を嘆き、その回復と復興を祈ってきた。

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世界大百科事典 第2版

なげきのかべ【嘆きの壁】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

嘆きの壁
なげきのかべ
Wailing Wall

ヘロデ王(前37―前4)がエルサレム神殿の増改築を行った際、構築した神殿の丘西側擁壁の一部。現在残っている壁の地上部分は、長さ約50メートル、高さ約20メートル。頂までの石積み43段のうち上部17段は後代のものであるが、下部の26段は、長さ4~5メートル、高さ1メートルもの規模の、ヘロデ時代特有の縁どりのある切り石を用いている。現在下部の15段はまだ地表下に埋没している。ローマに対する絶望的な反乱(132~135)が悲劇に終わったのち、ユダヤ人はエルサレムに立ち入ることを禁止された。ようやく4世紀に彼らは年1回、神殿が破壊された日と伝えられるアブの月9日に神殿の廃墟(はいきょ)を訪れて、神殿の消失と国の滅亡を嘆くことが許された。のちに神殿跡にイスラムの聖所が建設されるに及んで、嘆きの場所は西壁に移り今日に至っている。現在ではユダヤ人のたいせつな聖地になっている。1948年エルサレムは、旧市がヨルダン、新市がイスラエル側に分割され、この壁は前者側に属したが、67年第三次中東戦争においてイスラエルがこれを占領した。

[石川耕一郎]

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