Rakuten infoseek

辞書

問注所【もんちゅうじょ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

問注所
もんちゅうじょ
鎌倉,室町幕府の訴訟機関。寿永3=元暦1 (1184) 年 10月源頼朝によって創設され,三善康信執事に任命され,寄人 (よりゅうど) がこれを補佐し,訴訟裁判を司った。建長1 (1249) 年 12月に引付衆設置後は,御家人の所領に関する訴訟は引付衆が管掌し,問注所は動産物権や債権関係など雑務沙汰と一般訴訟の受理に限られ,鎌倉時代末期には雑務沙汰のみとなった。室町幕府もこの制度を継承し,執事,執事代,寄人をおき,記録の保管や文書の過誤,詐欺などの裁判を司った。執事は鎌倉時代には三善氏,室町時代には町野,太田氏 (ともに三善氏) が世襲した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

もんちゅう‐じょ【問注所】
鎌倉室町幕府の政務機関。鎌倉幕府では訴訟の審理や文書作成などを管掌。室町幕府では主に文書・記録の保管をつかさどった。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

もんちゅうじょ【問注所】
鎌倉・室町幕府の訴訟機関。1184年(元暦1)に公文所(のち政所)に次いで設置。長官の執事は三善康信(善信)が任じられて以来,その子孫の町野,太田両氏が継承,その配下に問注所寄人などの奉行人が属していた。訴訟親裁が行われた源頼朝期には訴論を記録する書記官的な性格が強かったが,その後権限を拡大し,訴訟文書の審理,訴論人の召喚・対決,訴訟記録の作成など,政所とともに刑事事件を除く一般訴訟の機関となった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

もんちゅうじょ【問注所】
鎌倉幕府における訴訟機関の一。1184年設置され、各種訴訟の受理・審査、判決案の上申などを行なった。雑人奉行・引付などの創設によって、その権限は次第に縮小され、室町幕府では記録の保管、文書の点検などを主な任務とした。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

問注所
もんちゅうじょ
鎌倉・室町幕府の政務機関。鎌倉幕府では1184年(寿永3)10月創設。長官を執事とよび、初代の執事には京都から下った公家(くげ)で事務能力に長じた三善康信(みよしやすのぶ)が任ぜられた。執事のもとに寄人(よりゅうど)とよばれる職員がおり、関東の訴訟一般を取り扱った。1249年(建長1)引付(ひきつけ)衆が置かれると、所領の相論を扱う所務沙汰(しょむざた)は引付の管轄に移され、動産物権・債権などを扱う雑務沙汰のみが残された。三善氏の子孫である町野氏、太田氏が執事を世襲した。
 室町幕府においては1336年(建武3・延元1)中に設置されたものと考えられる。執事には前代に引き続いて町野・太田両氏が任ぜられた。裁判機能は比較的早い時期に失われ、ただ古今の記録を保管する機能のみ残った。鎌倉幕府以来の由緒ある機関であったので執事家の格式は高かったが、実務面では文書の真偽を判定する程度の権限しかなかった。[桑山浩然]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

もんじゅう‐しょ モンヂュウ‥【問注所】

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

もんちゅう‐じょ【問注所】
〘名〙
① (「もんぢゅうしょ」とも) 鎌倉・室町幕府の政務機関。元暦元年(一一八四)に政所(まんどころ)に続いて設置。訴訟文書の審理や訴論人の召喚対決、訴訟記録の作成などを行なった。建長元年(一二四九)引付設置以後、御家人の訴訟は引付衆に移され、末期には金銭貸借に関する訴訟問題だけを管轄するようになり、室町時代には記録・証文の保管がおもな職務となった。長官を執事といい、職員に執事代・寄人などがある。
※吾妻鏡‐元暦元年(1184)一〇月二〇日「仍点御亭東面廂二ケ間、為其所、号問注所、打額」
※太平記(14C後)一七「問注所の信濃入道道大と土岐伯耆入道存孝と二人倶して候けるが」
③ 室町幕府の問注所執事を世襲した町野氏のこと。職名から変化して家号・名字となった。
※康富記‐嘉吉二年(1442)八月二二日「問注所町野子為重服

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

問注所」の用語解説はコトバンクが提供しています。

問注所の関連情報

他サービスで検索

「問注所」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE GROUP, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.