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古市古墳群【フルイチコフングン】

デジタル大辞泉

ふるいち‐こふんぐん【古市古墳群】
大阪府の藤井寺市羽曳野(はびきの)市・松原市にまたがる大古墳群。大古墳が集中するので、大和にあった王朝が河内(かわち)に移ったとする説もある。応神天皇陵古墳など26基が、令和元年(2019)「百舌鳥(もず)・古市古墳群-古代日本の墳墓群-」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。→百舌鳥古墳群
[補説]世界遺産に登録された26基
津堂城山古墳、仲哀(ちゅうあい)天皇陵古墳、鉢塚古墳、允恭(いんぎょう)天皇陵古墳、仲姫命(なかつひめのみこと)陵古墳(中津山古墳)、鍋塚古墳、助太山(すけたやま)古墳、中山塚古墳、八島塚古墳、古室山古墳大鳥塚古墳応神天皇陵古墳、誉田丸山(こんだまるやま)古墳、二ツ塚古墳、東馬塚古墳、栗塚古墳、東山古墳、はざみ山古墳墓山古墳野中古墳、向墓山(むこうはかやま)古墳、西馬塚古墳、浄元寺山(じょうがんじやま)古墳、青山古墳峯ヶ塚古墳、白鳥陵(はくちょうりょう)古墳

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世界大百科事典 第2版

ふるいちこふんぐん【古市古墳群】

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大辞林 第三版

ふるいちこふんぐん【古市古墳群】
大阪府羽曳野市と藤井寺市にまたがる大古墳群。古市誉田こんだ古墳群とも。応神陵古墳をはじめ、前方後円墳一九、方墳一一、円墳二五などから成る。

出典:三省堂
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国指定史跡ガイド

ふるいちこふんぐん【古市古墳群】

大阪府藤井寺市から羽曳野(はびきの)市にかけて点在する古墳群。指定名称は「古市古墳群 古室山古墳(こむろやまこふん) 赤面山古墳(せきめんやまこふん) 大鳥塚古墳(おおとりづかこふん) 助太山古墳(すけたやまこふん) 鍋塚古墳(なべづかこふん) 城山古墳(しろやまこふん) 峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん) 墓山古墳(はかやまこふん) 野中古墳(のなかこふん) 応神天皇陵古墳外濠外堤(おうじんてんのうりょうこふんがいごうがいてい) 鉢塚古墳(はちづかこふん) はざみ古墳(はざみこふん) 青山古墳(あおやまこふん) 蕃所山古墳(ばんしょやまこふん)」。大阪府の東南部、羽曳野市・藤井寺市を中心に東西約2.5km、南北約4kmの範囲に広がり、4世紀後半から6世紀中葉までに築造された。墳丘長200m以上の大型前方後円墳6基を含む123基(現存87基)の古墳で構成され、現存する14基が2001年(平成13)に一括して国史跡に指定された。このうち12基は1956年(昭和31)以降、個別に指定されていたが、青山古墳と蕃所山古墳が追加指定され、改めて名称変更があった。この古墳群の特色は、墳丘長400mを超える大型前方後円墳から1辺10mに満たない小型方墳まで、墳形と規模が多岐にわたっていることである。北部の誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳(応神天皇陵)・仲津山古墳(仲津姫陵)・市ノ山古墳(允恭(いんぎょう)天皇陵)・岡ミサンザイ古墳(仲哀(ちゅうあい)天皇陵)などの古い古墳群と、南部の軽里大塚古墳(日本武尊(やまとたける)白鳥陵)を中心とする前方部が発達した一群とに分けられるが、古墳の造営には渡来系の土師(はじ)氏などが関与していたと考えられる。墳丘長約420m、日本第2位の規模をもつ誉田御廟山古墳は、墳丘は宮内庁が管轄しているため、外濠と外堤だけが史跡指定を受けた。224mの墓山古墳はその陪塚(ばいちょう)とされ、208mの城山古墳、150mの古室山古墳、110mの大鳥塚古墳、103mのはざみ山古墳、96mの峯ヶ塚古墳、60mの鉢塚古墳は前方後円墳。鍋塚古墳は1辺約50mの方墳で、野中古墳は1辺が約37m、助太山古墳は1辺が約36m、赤面山古墳は1辺が15mの方墳。青山古墳は径約60m、蕃所山古墳は径約22mの円墳である。それまでの大王の墳墓造りは主に奈良盆地の中で行われてきたが、4世紀後半以降は、大阪平野にあるこの古墳群や約10km西に位置する百舌鳥(もず)古墳群に移ったともいえる。近畿日本鉄道道明寺(どうみょうじ)駅または古市駅から徒歩約7~15分。

出典:講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

古市古墳群
ふるいちこふんぐん
大阪府藤井寺(ふじいでら)市と羽曳野(はびきの)市にまたがる台地状地形に築かれた、古墳時代中期から後期初頭にかけての古墳の総称。誉田(こんだ)古墳群とも古市誉田古墳群ともよばれたことがある。古墳群は石川以西、東除(ひがしよけ)川以東の東西約2.5キロメートル、南北約4キロメートルの範囲にあるが、羽曳野市と松原市境にある大型前方後円墳、河内大塚(かわちおおつか)を同一の群に含める見方もある。
 この古墳群は陪塚(ばいづか)をも数えると、帆立貝(ほたてがい)式古墳をも含め前方後円墳23基、方墳27基、円墳14基があり、さらに発掘で存在のわかった過去の破壊古墳を加え約90基の古墳がある。この古墳群の特色は、超大型の前方後円墳、誉田山(応神陵(おうじんりょう)に比定)古墳をはじめ、7基の大型の前方後円墳、仲ツ山(仲姫(なかつひめ)陵に比定)、岡ミサンザイ(仲哀(ちゅうあい)陵に比定)、市ノ山(允恭(いんぎょう)陵に比定)、誉田墓山、津堂城山(つどうしろやま)、古市前ノ山、古市築山(安閑(あんかん)陵に比定)などの古墳、さらに直径76メートルの大型円墳、高鷲(たかわし)丸山(雄略(ゆうりゃく)陵に比定)古墳など巨大古墳が群構成の主要な核となっている点である。さらにそれらのすべてが陵墓または陵墓参考地に比定されているのも別の特色である。
 これらの古墳は周濠(しゅうごう)で墳丘を区画し、埋葬施設としては津堂城山古墳の長持(ながもち)形石棺を納めた竪穴(たてあな)式石室や、長持山(ながもちやま)古墳と唐櫃山(からとやま)古墳で九州系溶岩製の家形石棺を納めた竪穴式石室などが知られている。なお古墳群を南北に、いわゆる古市大溝が貫いている。[森 浩一]
〔世界遺産の登録〕古市古墳群にある古墳と、堺(さかい)市にある百舌鳥(もず)古墳群にある古墳のうち45件49基が、2019年(令和1)ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「百舌鳥・古市古墳群―古代日本の墳墓群―」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。[編集部]

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精選版 日本国語大辞典

ふるいち‐こふんぐん【古市古墳群】
大阪府藤井寺市・羽曳野市・松原市にまたがる大古墳群。古墳時代中期から後期初頭にかけてのもの。応神陵などの七基の巨大古墳が約九〇基に及ぶ古墳群の中核

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