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参議【さんぎ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

参議
さんぎ
(1) 律令制のもとで設けられた朝廷の官職名。令外の官。その地位は大臣納言の次に位する重要なもので議以上が公卿と呼ばれた。大宝2 (702) 年5月に初見し,のち一時廃止されたが,弘仁1 (810) 年に再び設けられたとき,定員は8人と決められた。奈良時代権参議,准参議法参議などがおかれたこともある。

(2) 明治政府は慶応4 (1868) 年閏4月に太政官制を復活し,翌明治2 (69) 年7月の職員令により左右大臣のもとに大納言,参議をおいた。同4年7月廃藩置県が行われると,参議は太政大臣,納言 (この納言は明治4〈1871〉年8月,左右大臣に改められた) とともに正院を構成し,大臣,納言を補佐して大政に参与し,天皇を補翼する重職となった。 1873年5月太政官職制の一部が改正されて,天皇輔弼の責にじる者は太政大臣および左右大臣のみとなり,参議は国務国策の審議立案者として区別された。参議には西郷隆盛木戸孝允大久保利通板垣退助大隈重信など,事実上明治政府の実力者が任じられていた。この頃から参議が各省の卿を兼ねることとなっていたが,80年この慣例は廃止されて,参議をして国策の審議に専念させることとなった。 85年,内閣制度発足とともに廃止された。

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デジタル大辞泉

さん‐ぎ【参議】
[名](スル)
国家の政治上の議事に参与すること。また、その人。
(「三木」とも書く)古代、令外(りょうげ)の官の一。太政官(だいじょうかん)に置かれ、大・中納言に次ぐ要職。四位以上の人が任ぜられた。八座宰相
明治2年(1869)太政官に置かれた官名の一。左右両大臣の次位。木戸孝允大久保利通西郷隆盛らが任ぜられて実権を握った。同18年、内閣制の実施で廃止。

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おおまつりごと‐びと〔おほまつりごと‐〕【参議】
さんぎ(参議)1」に同じ。

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世界大百科事典 第2版

さんぎ【参議】
(1)古代から近世におかれた朝廷の官職名。令外官の一つ。三木とも書き,宰相,相公,八座(はちざ),やくらのつかさともいう。参議の呼称は〈朝政に参議する〉に由来する。令制で朝政に参議するのは大納言の任であったが,大納言以外の者にもその任を広げて中納言を設置した。731年(天平3)8月諸司の主典(さかん)以上に命じ,政務にたえる者6名を選ばせて参議としたのが正式官名の始まり。このとき参議に食封(じきふ)80戸を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

参議
さんぎ
(1)令外官(りょうげのかん)の一つ。納言(なごん)に次ぐ公卿(くぎょう)。宰相、相公、八座(はちざ)、「やくらのつかさ」ともいい、「おおまつりごとひと」とも読む。参議の号は、702年(大宝2)大伴安麻呂(おおとものやすまろ)以下5人に朝政に参議させたというのが初見であるが、これは仮の措置であって、正式な官名としては、731年(天平3)藤原宇合(うまかい)以下6人を任命したのに始まるか。807年(大同2)参議の号を廃して観察使(かんさつし)を置いたが、810年(弘仁1)に至り、またもとの参議に復した。この参議に進むには七つのコースがあり、蔵人頭(くろうどのとう)、大弁、左中弁、近衛(このえ)中将、式部大輔(たいふ)の5官のほか、5か国の受領(ずりょう)歴任者と三位の位階をもつもののなかから選ばれた。[渡辺直彦]
(2)明治初年から内閣制度実施までの政府要職。1869年(明治2)7月の職員令官制で、左右大臣、大納言とともに太政官(だじょうかん)の職として新設された。職掌は大納言と同じく大政に参与するものである。71年廃藩置県に伴う官制改革で、太政大臣、納言と正院(せいいん)を構成。大久保利通(としみち)、木戸孝允(たかよし)、板垣退助(たいすけ)、大隈重信(おおくましげのぶ)ら薩長土肥(さっちょうどひ)藩の実力者が任命され、実質的に政府の実権を握るようになった。73年征韓論政変後は、各省の長官=卿を兼任する者もあり、定員も増加、参議の権力はより強大化した。80年いったん参議と省の長官が分離されたが、翌年にはふたたび兼任が行われた。85年内閣制度実施で太政官制の廃止とともに廃官となる。[佐々木克]

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精選版 日本国語大辞典

おおまつりごと‐びと おほまつりごと‥【参議】
〘名〙 令外(りょうげ)の官で大臣、納言につぐ重職。弘仁年間(八一〇‐八二四)以降定員八人。おおきまつりごとびと。さんぎ。
書紀(720)斉明二年九月(北野本訓)「高麗に遣(つか)はさるる大使(おほきつかひ)膳臣葉積・副使(そへつかひ)坂合部連磐鍬・大判官(オホマツリコトヒト)犬上君白麻呂」

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さん‐ぎ【参議】
〘名〙
① (━する) 国家の政事に参加して、政策などの大事を議すること。
※続日本紀‐大宝二年(702)五月丁亥「勅従三位大伴宿禰安麻呂。〈略〉令議朝政」 〔後漢書‐班固伝〕
② (「三木」とも) 奈良時代以降設置された官職。三位、四位の中から有能な者を任命して朝政に参加させ、国政を審議させる。大臣、大中納言に次ぐ重職。令外の官。八座。やくらのつかさ。おおまつりごと。宰相。
※続日本紀‐天平三年(731)八月丁亥「右大弁正四位下大伴宿禰道足等六人。並為参議
③ 明治二年(一八六九)七月、太政官の中におかれ、左右大臣の次に位して、朝政に参与した官名。また、その人。正三位相当の重職であった。同一八年一二月の官制改革で廃止された。
※東京日日新聞‐明治六年(1873)一〇月二〇日「外務卿副島種臣公、更に参議に任ぜられ」
④ 昭和一二年(一九三七)、日中戦争に際して、内閣総理大臣の諮問機関として設置した官名。また、その人。同一八年廃止。内閣参議。
⑤ 日本が朝鮮半島を支配していたとき、朝鮮総督府中枢院に設置された職名。また、その人。総督の奏請により、内閣が任命し、顧問とともに、院議を審定する勅任官待遇、または、奏任官待遇の官。任期は三年。

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おおき‐まつりごとびと おほき‥【参議】

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旺文社日本史事典 三訂版

参議
さんぎ
①奈良時代,令外官 (りようげのかん) の一つ
②明治初年の行政官
③日中戦争中,近衛文麿内閣により設けられた官職
702年設置。大臣 (おおおみ) ・納言につぐ重職で,太政官の政務審議に参加。
1869年,太政官に設置。大臣を補佐して国政に参加し,西郷隆盛・木戸孝允・大久保利通らが任命された。'85年内閣制度実施により廃止。
1937年内閣参議として設置。内閣の大政に参画した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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