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原人【げんじん】

知恵蔵

原人
アフリカとユーラシアの温暖な地域に分布した、180万〜2万年前のヒト属の総称で、広義のホモ・エレクトスに当たる。狭義のホモ・エレクトス、ホモ・エルガステル、ホモ・フロレシエンシスを含む。ホモ・アンテセソールを独立の種として認めるなら、それも含まれる。ホモ・ハビリスを含めるという考えもある。猿人やホモ・ハビリスに比べると、脳容積は大きく(600〜1200立方センチ)、歯は小さい。脳頭蓋は低くつぶれた形で、眼窩(がんか)上隆起という眉の部分の出っ張りが目立っている。初期の原人の一部およびホモ・フロレシエンシス以外では、脚が長くなり、体つきは現代人とほとんど変わらなくなった。オルドバイ型石器やアシュール型石器を作った。
(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

デジタル大辞泉

げん‐じん【原人】
猿人に次ぐ化石人類ジャワ原人北京原人など。更新世前期から中期にかけて生息。脳容積は猿人と新人の中間で、直立歩行し、簡単な石器を使用した。ホモ‐エレクトゥス(直立人)。→猿人旧人2新人2

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世界大百科事典 第2版

げんじん【原人】
人類進化の段階のひとつで,新人,旧人の前,猿人の後に位置づけられる。時代的には更新世前期から中期にわたる。1891‐92年に中部ジャワのトリニールで,E.デュボアにより発掘され,94年ピテカントロプス・エレクトゥスPithecanthropus erectusと命名された頭蓋と大腿骨が,最初に発見された原人化石である。その後,ほぼ同じ進化段階にある化石人類が,ドイツのハイデルベルク,中国の北京,アルジェリアのテルニフィヌTernifineで発見され,それぞれホモ・ハイデルベルゲンシス,シナントロプス・ペキネンシス,アトラントロプス・マウリタニクスと命名された。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

げんじん【原人】
約一五〇万年前から三〇万年前に生息した化石人類。握斧あくふなどの石器を使用し、火を用いていた。猿人に次ぐ人類進化の第二段階で、旧人の前段階。ピテカントロプス(ジャワ原人)・シナントロプス(北京原人)など。 〔本来「つつしみ深くまじめな人」の意で「孟子」にある。現在の意味では「哲学字彙」(1881年)に英語 primitive man の訳語として載る〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)

原人
げんじん
proto-man
人類進化を4段階に分けた場合、猿人に続く第二の段階に位置するものをいう。1891、92年E・デュボアにより中部ジャワのトリニールで発見されたピテカントロプス・エレクトゥス(ジャワ原人)と、1930年代に北京(ペキン)郊外周口店より多数発見されたシナントロプス・ペキネンシス(北京原人)が双璧(そうへき)であり、これに1954、55年にアルジェリアのテルニフィーヌから出土したアトラントロプスが加わり、また1907年にすでに発見されながら所属不明とされていたハイデルベルク人などがある。これら原人段階の人類は、1960年代以降、ホモ・エレクトゥス(「直立人猿」の意)とよばれるようになった。今日ではさらにアフリカ、アジア、ヨーロッパからかなりの数の原人化石の発見がなされている。
 また、ジャワ原人の学名であるピテカントロプスとは「猿人」の意であり、かつては猿人と原人は同義語として用いられた。しかし今日では、アウストラロピテクス類などを猿人とよぶ。[香原志勢]

形態的特徴

原人の頭骨は、脳頭蓋(とうがい)が低く、前後方向に長い(長頭)。頭蓋容積は850~1200ミリリットル、平均1100ミリリットルで、現生人類の3分の2ないし4分の3である。額の発達が悪く、著しく後方に傾斜しているが、眉(まゆ)の部分はひさし状に突出し、発達した眼窩(がんか)上隆起を形成している。頭骨を上からみると後眼窩狭窄(きょうさく)が認められる。このため、そしゃく時の衝撃が顔面頭蓋にとどまり、脳頭蓋には伝わりにくかったと考えられる。後頭部には横後頭隆起が顕著である。顔面部は上下顎骨(がくこつ)が発達しているため、突顎をなす。歯は猿人に比べればはるかに小さいが、現生人類よりは大きい。第三大臼歯(きゅうし)は他の2本の大臼歯よりやや小さい程度である。大腿(だいたい)骨は外形的には現生人類とほとんど区別できず、原人がすでに直立二足歩行を効率的に行ったことを示す。頭骨が厚く、四肢骨の緻密(ちみつ)質が厚いなど、骨が頑丈であったことがわかる。[香原志勢]

文化と生息年代

多くの場合、原人の化石は文化遺物を伴わないが、周口店遺跡は優れた文化遺物と、火を使用した痕跡(こんせき)である多量の灰と炭を残している。また人骨とは別に明らかに原人の手になる遺跡が旧世界各地で発見されている。
 原人の石器文化は2種類に分けられる。一つは握斧(あくふ)(ハンド・アックス)を中心とするアシュール文化であり、西アジア、ヨーロッパ、アフリカにわたって広がっている。いま一つは、石の一端に鋭い刃を残すチョッパー・チョッピング文化であり、これは東アジアに分布する。彼らは、野生植物の種子や根茎、堅果を採集し、小動物をとらえるとともに、大形動物の狩猟を行ったと考えられている。とくに後者は共同作業を必要としたであろうことから、それを可能にしたものとして、ごく原始的ながら言語が使用されたと考えられている。また火の使用によって、原人は、寒い冬をもつ温帯地方にまで分布するようになったと想定されている。
 原人は、時代的には第四紀更新世前期から中期にわたって生息した。その年代については、アジアでは約100万~20万年前と考えられていたが、近来、東アフリカのオルドワイやトゥルカナ湖東岸からアジアの原人に似た化石が発見されているところから、約180万年前に出現し、以後アジアやヨーロッパへ進出したのではないかと考えられている。そのため、従来のホモ・エレクトゥスと区別してアフリカの原人をホモ・エルガステル、ヨーロッパの原人をホモ・ハイデルベルゲンシスとよぶ傾向がある。[香原志勢]

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精選版 日本国語大辞典

げん‐じん【原人】
〘名〙 ピテカントロプス(ジャワ原人)、シナントロプス(北京原人)など、三〇万~七〇万年前の化石人類。脳容量は八〇〇~一二〇〇ccで、眉の部分の骨がひさしのように突出しているほか、原始的特徴を示す。シナントロプスは打製石器を作り、火を使用したと考えられている。ホモ‐エレクトゥス。〔哲学字彙(1881)〕

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