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北村季吟【きたむら きぎん】

美術人名辞典

北村季吟
江戸前期・中期の国学者俳人。近江の人。通称は久助、号は七松子・拾穂軒・湖月亭等。俳諧松永貞徳に、歌学飛鳥井雅章等に学ぶ。烏丸光広に推され幕府に仕官し、長男湖春とともに歌学方となる。法印に叙せられた。宝永2年(1705)歿、82才。

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デジタル大辞泉

きたむら‐きぎん【北村季吟】
[1625~1705]江戸前期の歌人・俳人・古典学者。近江の人。通称、久助。号、拾穂軒。飛鳥井雅章(あすかいまさあき)に歌学を、松永貞徳に俳諧を学び、のちに幕府に仕えた。著「徒然草文段抄」「源氏物語湖月抄」「枕草子春曙抄」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

北村季吟 きたむら-きぎん
1625*-1705 江戸時代前期の俳人,歌人,国学者。
寛永元年12月11日京都で生まれる。安原貞室,松永貞徳に師事し,俳諧(はいかい)宗匠としてたつ。また古典研究に力をそそぎ,「源氏物語湖月抄」をはじめとする注釈書を多数刊行。元禄(げんろく)2年長男の湖春とともに幕府の歌学方(かがくかた)となり,12年再昌院の号と法印の称号をうけた。宝永2年6月15日死去。82歳。名は静厚。通称は久助。別号に慮庵,拾穂軒,湖月亭など。編著に「新続犬筑波集」など。
【格言など】花も見つほととぎすをも待ち出でつこの世後の世思ふことなき(辞世)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

きたむらきぎん【北村季吟】
1624‐1705(寛永1‐宝永2)
江戸前期の歌学者,俳人。名は静厚(しずあつ)。通称は久助。別号は蘆庵(呂庵),七松子,拾穂軒(しゆうすいけん),湖月亭。山城国粟田口の生れ。祖父宗竜・父宗円が連歌をよくした影響で,早くから文事に親しみ,16歳で貞室,22歳で貞徳に入門。1648年処女作《山之井(やまのい)》を刊行し,重頼と抗争中の貞室を助けて俳壇に名を挙げ,53年には《紅梅千句》の大興行に参加,跋文も書いた。貞徳没後は飛鳥井雅章(まさあきら)・清水谷実業(さねなり)に和歌・歌学を学び,歌道に明るくなると,貞室の無知がうとましく不和となり,56年《誹諧合(はいかいあわせ)》を出して独立を宣言,以後は撰集《新続犬筑波(いぬつくば)集》(1660),俳論書《埋木(うもれぎ)》(1673),句合書《六百番誹諧発句合(ほつくあわせ)》(1677)等を続々と著し,俳壇に不動の地位を築いた。

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大辞林 第三版

きたむらきぎん【北村季吟】
1624~1705) 江戸前期の俳人・歌人・和学者。近江生まれ。名は静厚。号、湖月亭など。幕府歌学方。松永貞徳に俳諧・和学・和歌を学ぶ。和漢の学に精通、多くの古典の注釈書を著す。門下に松尾芭蕉らがいる。著「徒然草文段抄」「源氏物語湖月抄」「枕草子春曙抄」「八代集抄」「山の井」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

北村季吟
きたむらきぎん
[生]寛永1(1624).12.11. 近江
[没]宝永2(1705).6.15. 江戸
江戸時代前期~中期の古典学者,歌人,俳人。幼名,久助。号,七松子,拾穂軒,湖月亭など。父は医者で連歌の宗匠。父の教えを受け,19歳の頃,松永貞徳に師事,古典,和歌,俳諧を学び,のち飛鳥井雅章,清水谷実業らに歌学を学んだ。京都に住んだが,元禄2 (1689) 年幕府の歌学方となり,息子の湖春とともに江戸に下った。貞門の俳人として重きをなし,『山之井』 (48) ,『新続犬筑波集』 (67) ,『埋木 (うもれぎ) 』 (73) ,『続連珠』 (76) などの編著書,歌集『季吟子和歌』 (84) などを刊行,また『徒然草文段抄』 (67) ,『源氏物語湖月抄』 (73) ,『枕草子春曙抄』 (74) ,『八代集抄』 (82) ,『万葉拾穂抄』 (82~86) など大部の注釈書を出し,古典学,俳諧の普及に尽した。ほかに翻訳『仮名烈女伝』 (55) ,仮名草子『岩つつじ』 (76) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

北村季吟
きたむらきぎん
(1624―1705)
江戸前期の国学者、俳人、歌人。通称久助。別号は芦庵(ろあん)、拾穂軒(しゅうすいけん)、湖月亭など。近江(おうみ)国(滋賀県)野洲(やす)郡(現、野洲市)の人で、医師北村宗円の長男として寛永(かんえい)元年12月11日に生まれる。若くして上京し、初め俳諧(はいかい)を安原貞室(やすはらていしつ)(1610―1673)に師事し、ついで貞室の師松永貞徳(まつながていとく)に従って、広く古典を学んだ。24歳のとき季寄(きよせ)『山之井(やまのい)』を刊行し、ついで『師走(しわす)の月夜』などを刊行。貞徳没後は俳諧宗匠として独立し、積極的に俳諧活動を行い、『祇園(ぎおん)奉納連歌誹諧合(はいかいあわせ)』『新続犬筑波集(しんぞくいぬつくばしゅう)』(1660序)等の句合や撰集(せんじゅう)を出し、また古典の注釈にも力を注ぎ、『大和(やまと)物語抄』(1653)『土佐日記抄』(1661)『伊勢(いせ)物語拾穂抄』(1680)などを完成させている。1683年(天和3)には京都新玉津島神社の社司となったが、1689年(元禄2)66歳のときに将軍家の歌学方として、長男の湖春(1648―1697)とともに召され、江戸に居住した。1699年には法印に叙せられ、再昌院(さいしょういん)の号を受け、栄達の極みに達した。季吟は芭蕉(ばしょう)の師とされるが、それは若年の一時期で、以後二人の交流はみられない。季吟の編著は『季吟十会集(じっかいしゅう)』(1672)『続連珠(ぞくれんじゅ)』(1676)『誹諧埋木(うもれぎ)』(1673)などの俳諧関係、大部な『源氏物語湖月抄』(1673成立)『枕草子春曙抄(まくらのそうししゅんしょしょう)』(1674成立)『八代集抄』(1682)などの注釈書、その他歌集などがある。宝永(ほうえい)2年6月15日没。[雲英末雄]
 一僕(いちぼく)とぼくぼくありく花見かな
『野村貴次著『北村季吟の人と仕事』(1977・新典社)』

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367日誕生日大事典

北村季吟 (きたむらきぎん)
生年月日:1624年12月11日
江戸時代前期;中期の俳人;歌人;和学者;幕府歌学方
1705年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

きたむら‐きぎん【北村季吟】
江戸前期の古典学者、俳人、歌人。通称、久助。号は拾穂軒(しゅうすいけん)・湖月亭・慮庵。近江の人。松永貞徳に和学・俳諧、飛鳥井雅章に和歌を学び、のち幕府に仕える。和漢・神儒仏の学に精通し、中世以後の古典の注釈を集大成。門弟に芭蕉、素堂などがある。著は「徒然草文段抄」「源氏物語湖月抄」「枕草子春曙抄」「万葉集拾穂抄」、句集「新続犬筑波集」など。寛永元~宝永二年(一六二四‐一七〇五

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