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勾当内侍【こうとうのないし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

勾当内侍
こうとうのないし
新田義貞の妻。藤原経伊 (つねただ) の娘で,後醍醐天皇に仕え,勾当内侍 (天皇に仕える女官。掌侍〈ないしのじょう〉4人中首席の者。長橋の局ともいい,奏請,伝宣を司る) となる。建武中興ののち,義貞に見そめられ,勅許あって,その妻となった。足利尊氏が挙兵して兵乱が起ったとき,義貞は内侍への愛にひかれ,たびたび戦機を逸したという。『太平記』によれば,延元3=暦応1 (1338) 年義貞が越前で敗死したのち,洛北嵯峨に出家遁世した。

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デジタル大辞泉

こうとう‐の‐ないし〔コウタウ‐〕【勾当内侍】
掌侍(ないしのじょう)四人のうちの第一位の者。天皇への奏請の取り次ぎ、勅旨の伝達をつかさどる。長橋(ながはし)の(つぼね)。長橋殿
太平記」に登場する美女。後醍醐天皇に仕えて勾当内侍となり、のち、新田義貞の妻となった。義貞の戦死後、琵琶湖に投身したとも、出家したとも伝えられる。

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世界大百科事典 第2版

こうとうのないし【勾当内侍】
南北朝時代の女性。生没年不詳。後醍醐天皇に仕え,勾当内侍の職にあったので,その名をもってよばれる。一条経尹の三女,行房の妹。新田義貞に見そめられ,天皇の許しを得て義貞の妻となった。1338年(延元3∥暦応1)義貞が越前で戦死すると,尼になって洛西嵯峨に住み,夫の菩提をとむらった。これは《太平記》の伝えるところで,一説には琵琶湖に身を投げて義貞のあとを追ったともいう。【小田 雄三】

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大辞林 第三版

こうとうのないし【勾当内侍】
掌侍ないしのじよう四人のうち首位にあたるもの。天皇への伝奏をつかさどる。長橋の局。長橋殿。
○ 「太平記」にみえる南北朝時代の美女。後醍醐天皇につかえて勾当内侍となり、のちに天皇が新田義貞に賜った。

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