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前方後円墳【ぜんぽうこうえんふん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

前方後円墳
ぜんぽうこうえんふん
日本に特有な墳墓形式古墳時代を通じて造られている。円形墳丘と,方形の墳丘が結びつけられたような形をしており,この名称は蒲生君平の『山陵志』において初めて用いられた。現在は円形の部分を後円部,方形の部分を前方部と呼び,接際部をくびれ部と呼んでいる。年代や地域によって,形のうえにさまざまな変化がみられるが,一般に,年代的に古いものは,後円部の高さに比べて前方部が低く,幅も狭く細長いものが多い。年代が新しくなるに従って,前方部の幅が広くなり,高さも高くなる。くびれ部に造り出し部が造られるものもある。終末期になると前方部の幅は後円部の径よりずっと大きくなり,高さも高くなっている。全体の規模は必ずしも大きくはならず,かえって小さくなっている。このような特異な形がどうしてつくられたかについては諸説があり,自然の丘陵を切断した形がその始まりだとか,前方部は円形の古墳につけた祭壇が変形していったものであるとかいわれる。この形の古墳の築造には大規模な人員の動員と土木技術が要求された。特に土木技術については,設計のために,さまざまの法則を考えて,美しい形をつくろうと努力した様子が,現存する古墳の測量からうかがうことができる。また人員動員などにみられる政治・経済力との関係から日本国家形成期の研究には欠かすことができない。代表的な前方後円墳としては,国内最大の仁徳天皇陵 (大仙古墳) のほか応神天皇陵造山古墳 (→総社古墳群 ) などがある。近年,朝鮮半島南部にも,この形の墳墓が確認されている。

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デジタル大辞泉

ぜんぽうこうえん‐ふん〔ゼンパウコウヱン‐〕【前方後円墳】
円形の墳丘に方形の墳丘を付設した古墳。平面形は円形と方形とから鍵穴形を呈する。古くは後円部のみに死者を葬ったが、のちには前方部にも葬った。車塚。瓢塚(ひさごづか)。

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防府市歴史用語集

前方後円墳
 円墳[えんぷん]と方墳[ほうふん]のくっついた形をしている、日本独特の形をしたお墓です。上空から見るとかぎ穴のような形をしています。ほとんどの場合、有力者のお墓です。

出典:ほうふWeb歴史館
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世界大百科事典 第2版

ぜんぽうこうえんふん【前方後円墳】
古墳時代を代表する墳墓形式。円丘の一側に長方形台状の施設を付加した特殊な形態で,英語ではkey hole shaped(鍵穴形)と訳される。古くより民間では,その形を身近な器物になぞらえ,車塚(くるまづか),銚子塚(ちようしづか),茶臼山(ちやうすやま),瓢簞山(ひようたんやま),瓢塚(ひさごづか),二子山(ふたごやま)などと呼びならわしてきた。江戸中期の国学者,蒲生君平も《山陵志》(1808)の中で宮車模倣説を唱え,円丘を車蓋に,方丘を轅(ながえ)に見たて,〈前方後円〉と形容したが,それがこの名称の起源となった。

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大辞林 第三版

ぜんぽうこうえんふん【前方後円墳】
円形の墳丘(後円部)に方形の墳丘(前方部)を付設した、古墳の一形式。後円部に遺骸が埋葬され、前方部は祭式の場とされる。大和を中心に本州・四国・九州と南朝鮮に分布。大山古墳(仁徳陵)・誉田山こんだやま(応神陵)はその最大級のもの。車塚くるまづか。瓢塚ひさごづか。茶臼山。二子山。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

前方後円墳
ぜんぽうこうえんふん
古墳時代の墳墓の一形式で、円形の墳丘に方形の墳丘を付設した古墳。江戸時代、蒲生君平(がもうくんぺい)が『山陵志(さんりょうし)』のなかでこの種の古墳を「前方後円」と形容したのが始まりで、円丘部におもな埋葬施設があり、方丘部は祭式を行うための付属施設とみて、明治時代後半以後、学術用語として定着した。しかし前期の前方後円墳は、高い後円部の前面に前方部が低く延びる形態をもつが、中期から後期になるにしたがってしだいに前方部が巨大化し、どちらが主丘かわからないほどになっている。[久保哲三]

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精選版 日本国語大辞典

ぜんぽうこうえん‐ふん ゼンパウコウヱン‥【前方後円墳】
〘名〙 墳丘(ふんきゅう)の前方を方形に、後方を円形に築造した、日本に多い古墳の形式。大型の古墳のほとんどがこの形式である。車塚(くるまづか)。瓠塚(ひさごづか)

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