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出雲大社【いずもたいしゃ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

出雲大社
いずもたいしゃ
島根県出雲市鎮座する元官幣大社。主神はオオクニヌシノミコト (→オオクニヌシノカミ ) 。客神として,アメノミナカヌシノカミ,タカミムスビノカミ,カミムスビノカミ,ウマシアシカビヒコジノミコト,アメノトコタチノカミの5神をまつる。創立は神話時代にさかのぼる。杵築大社ともいう。現在の本殿 (国宝) は延享1 (1744) 年のつくり替えであるが,古代の神社建築様式 (→大社造 ) を最も純粋に伝える。社殿平面は方2間,高床切妻造妻入りで階段や入口を向かって右側に片寄せる。内部は中央に特に太い柱 (→心御柱 ) が立ち,前後2室に分かれ,奥に内殿を置く。この内部構造が古代住宅建築の形式を残すものとして特に重要視される。例祭5月 14~16日。

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朝日新聞掲載「キーワード」

出雲大社
国譲り神話」の主人公で、縁結びの神として知られる大国主神(おおくにぬしのかみ)を祭る。旧暦10月10日には八百万(やおよろず)の神を迎え、人々を取り結ぶ縁を話し合うという。60年ぶりとなる「平成の大遷宮」を迎え、昨年5月、5年がかりの修繕を終えた本殿に大国主神がかえる本殿遷座祭があった。宮司を務める千家国造(こくそう)家は、大国主神に仕えた穂日命(あめのほひのみこと)をとするとされ、現在の千家尊祐(たかまさ)宮司は第84代出雲国造。
(2014-10-06 朝日新聞 朝刊 1社会)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

いずも‐たいしゃ〔いづも‐〕【出雲大社】
島根県出雲市大社町杵築東にある神社。正称は「いずもおおやしろ」。旧官幣大社。主祭神大国主命(おおくにぬしのみこと)。他に五神を祭る。創建神代と伝えられ、日本最古の神社の一。農業や縁結びの神として信仰される。本殿は国宝で大社造り典型。天日隅宮(あまのひすみのみや)。杵築大社(きつきのおおやしろ)。いずものおおやしろ。

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いずも‐おおやしろ〔いづもおほやしろ〕【出雲大社】

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デジタル大辞泉プラス

出雲大社
△島根県出雲市▽にある神社。正式には「いづもおおやしろ」と読む。延喜式内社。祭神は「因幡白兎」の伝説で知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)ほか5柱。縁結びの神として知られる。国宝の本殿など、数多くの文化財を保有。旧暦10月には日本各地の神々が当社に集まるとされ、このため当地では神無月を“神在月”と称する。旧称、杵築大社。

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世界大百科事典 第2版

いずもたいしゃ【出雲大社】
島根県簸川(ひかわ)郡大社町に鎮座。大国主(おおくにぬし)神をまつる。《延喜式》では名神大社。旧官幣大社。杵築(きづき)大社,杵築社,杵築宮ともいう。古代の出雲では熊野,杵築,佐太,能義の各社が〈大神〉とされていたが,中でも,出雲国造の本拠地である意宇(おう)平野の熊野大社簸川平野北西の杵築大社とが,厚い尊信をうけていた。しかし,ヤマト朝廷の出雲制圧は,出雲西部からすすんだので,杵築大社がとくに重視されるようになった。

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大辞林 第三版

いずもたいしゃ【出雲大社】
島根県出雲市大社町杵築きづき東にある神社。祭神は大国主命で、ほかに天之御中主神あめのみなかぬしのかみ・高皇産霊神たかみむすびのかみなど五神を配祀はいし。その建築様式は大社造りといわれ、神明造りとともに、古代神社建築様式の代表的なもの。杵築大社。いずものおおやしろ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

出雲大社
いずもたいしゃ
島根県出雲市大社(たいしゃ)町に鎮座。古くは天日隅宮(あめのひすみのみや)、天日栖宮(あめのひすのみや)、出雲石之曽宮(いわくまのそのみや)、厳神之宮(いつかしのかみのみや)、杵築大社(きつきのおおやしろ)などと呼称され、現在は一般に「いずものおおやしろ」とよばれている。大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)を祀(まつ)る。大国主大神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)の子で、因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)神話で慈愛深い神として語られているが、少彦名神(すくなひこなのかみ)とともに、この国土を開拓、人々に農耕の方法を教え、また病気その他の災厄から逃れるための医薬や禁厭(まじない)の法を教え、やがて皇孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨にあたって、この国土を皇孫に譲り、自身は退いて幽事(かくりごと)(あの世の事)をつかさどる大神となった。そこで、天照大神(あまてらすおおみかみ)は大神のために宮殿をつくらせ、子の天穂日命(あめのほひのみこと)に大神を祀らせたのが本社の起源と伝える。さらに『日本書紀』に、崇神(すじん)天皇のとき出雲臣(いずものおみ)の祖出雲振根(ふるね)が事あって大神を祀らなかったとき、丹波(たんば)(兵庫県)の氷上(ひかみ)の人氷香戸辺(ひかとべ)の子に神託があり、神異を示されたので、勅(みことのり)して祭りを行わせたとある。659年(斉明天皇5)出雲国造(くにのみやつこ)に社殿を修築させ、765年(天平神護1)神封61戸をあてた。851年(仁寿1)には従三位(じゅさんみ)、勲八等となり、859年(貞観1)正月に正三位、5月に従二位、867年に正二位に叙している。延喜(えんぎ)の制で名神(みょうじん)大社とされ、以後も朝野の崇敬厚く、出雲国一宮(いちのみや)となる。武家時代に入り源頼朝(よりとも)はその神主家の勢力を抑えることを計りながら、一方では1190年(文治6)正月、剣を奉納するなど崇敬している。1333年(元弘3)後醍醐(ごだいご)天皇が王道再興を祈願して神領を寄進、その後、戦国時代には、出雲国の支配は京極(きょうごく)、尼子(あまご)、毛利(もうり)氏と変わったが、いずれも大社を崇敬し、その神領に大きな変化はなかった。しかし、豊臣(とよとみ)秀吉の文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役(1592、1597)で軍資金調達のため一時縮小されたが、江戸時代には松江藩主松平氏により安定させられていた。1871年(明治4)に官幣大社、1917年(大正6)には勅使参向社とされた。
 この大社の祭祀(さいし)は天穂日命の子孫の出雲国造がつかさどることとなっており、古くはその国造は代替りごとに朝廷に参向した。すなわち、新任の国造が朝廷に参向して新任の式をなしたのち、天皇から負幸物(さきおいのもの)を賜り、出雲に帰り潔斎(けっさい)1年ののち上京、神宝、御贄(みにえ)を奉り、神賀詞(かんよごと)を奏上する。そして国に帰り、前年と同様に1年間潔斎したのち、ふたたび上京して献上物を捧(ささ)げ、神賀詞を奏上したうえで、大神の祭祀をつかさどったのである。この出雲国造家は南北朝時代に千家(せんげ)家、北島家に分かれて両家がその神事に携わったが、国造は現代にも続き、古いしきたりを伝えている。すなわち、天穂日命が祭主となったとき、熊野(くまの)大神櫛御気野命(くしみけぬのみこと)から火燧臼(ひきりうす)、火燧杵(ぎね)を授けられ、それより鑽(き)り出した火で潔斎、奉仕したとの伝承により、現在も国造の代替りに「火継(ひつぎ)」または「神火(しんか)相続」という儀式が厳粛に行われている。新国造は前国造の帰幽後ただちに伝来の火燧臼、火燧杵を持ち、松江市八雲(やくも)町の熊野大社へ参向、そこで火継の神事をするのであり、そのとき鑽り出した火は、終生国造邸内の斎火殿(さいかでん)に保存し、潔斎に用いるのである。
 本殿はいわゆる大社造(たいしゃづくり)で、現本殿は1744年(延享1)の造営にかかり、国宝に指定されるが、古くは現本殿の数倍の大きさであったと伝える。2004年(平成16)には、本殿と同時期に造営された楼門などの建築群と銅鳥居が一括して国の重要文化財に指定された。例祭は5月14日で、勅使参向があり、また年中72回の祭礼には特殊神事が多い。その代表的なものは、1月1日の大饌(おおみけ)祭、2月17日の祈穀(きこく)祭、3月1日の古伝(こでん)祭、6月1日の涼殿(すずみどの)祭(真菰(まこも)神事)、8月14日夜の神幸(しんこう)祭(身逃(みにげ)神事)、8月15日の爪剥(つまむぎ)祭、陰暦10月11日より17日までの神在(かんあり)祭、11月23日の献穀祭、その夜に古式ゆかしい古伝新嘗祭(こでんしんじょうさい)、11月17日と12月27日の御饌井(みけい)祭などである。
 なお、出雲大社は一般庶民の信仰が厚く、縁結びの神、福徳の神として親しまれ、御師(おし)の活動により各地に講が組織されていた。明治時代には、千家家による出雲大社(おおやしろ)教、北島家による出雲教が結成され、現在もそれぞれ布教活動を行っている。[鎌田純一]
『千家尊統著『出雲大社』(1968・学生社)』

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事典・日本の観光資源

出雲大社
(島根県出雲市)
日本三大大社指定の観光名所。

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事典 日本の地域遺産

出雲大社
(島根県出雲市大社町杵築東195)
美しき日本―いちどは訪れたい日本の観光遺産」指定の地域遺産。

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精選版 日本国語大辞典

いずも‐たいしゃ いづも‥【出雲大社】
島根県出雲市大社町にある神社。旧官幣大社。主祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)。他に、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)ほか四柱をまつる。祭祀は天穂日命(あまのほひのみこと)の子孫の出雲国造(くにのみやつこ)千家(せんげ)・北島両家によって受け継がれ、出雲大社教・出雲教を組織している。陰暦一〇月の神無月(かみなづき)は、全国の氏神が集まるとされ、ここでは神在月(かみありづき)という。本殿は大社造(たいしゃづくり)といわれ、国宝。日本最古の様式をもつ。出雲国一の宮。杵築大社(きずきのおおやしろ)。いずものおおやしろ。

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旺文社日本史事典 三訂版

出雲大社
いずもたいしゃ
島根県簸川 (ひかわ) 郡大社町にある古社。大国主命 (おおくにぬしのみこと) を祭る
本殿は大社造。記紀神話では,この祭神が出雲地方を天照大神 (あまてらすおおみかみ) に献上し,その代償にこの社を建てたという。縁結びの神・農業神として信仰される。祭祀は出雲をとする国造 (くにのみやつこ) がつかさどったが,南北朝時代に北島・千家両氏に分かれた。明治時代以降は千家が奉仕して今日に至る。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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