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写生文【しゃせいぶん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

写生文
しゃせいぶん
文学用語。写生の方法で書かれた散文正岡子規が,実物,実景をありのままに写すという短歌俳句の「写生説」を散文にまで及ぼしたもので,自然主義とともに近代口語文体の発達に大きな役割を果した。 1900年発表の子規の『叙事文』,高浜虚子の『言文一致』が代表的論文で,具象的な描写,印象の鮮明な効果,主眼点の設定などに重点がおかれた。写生文を集めたものに虚子編の『寒玉集』 (2巻,1900~01) ,『写生文集』 (03) があるが,小説では伊藤左千夫の『野菊の』,夏目漱石の『吾輩は猫である』,長塚節の『』などが写生文系の傑作とされている。

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デジタル大辞泉

しゃせい‐ぶん【写生文】
正岡子規写生説に基づいて書かれた散文。高浜虚子伊藤左千夫長塚節(ながつかたかし)夏目漱石寺田寅彦(てらだとらひこ)らにより、小説・随筆などに生かされた。

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世界大百科事典 第2版

しゃせいぶん【写生文】
文芸用語。正岡子規が俳句で活用した〈写生〉を文章にも用いてつくり出した新文体をいう。子規の《小園の記》(1898),高浜虚子の《浅草寺のくさぐさ》(1898)などを最初とし,《ホトトギス》での誌上募集もあり,1900年からは病床の子規の枕頭で写生文を読む〈山会〉ももたれた。表現にははじめ文語が用いられたが,しだいに口語体となり,時間的な流れを寸断した一つの場面を客観的に写生し,それをつづり合わせるという手法で時間の再現を試みた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しゃせいぶん【写生文】
事物を見たとおり忠実に写そうとして書かれる文章。明治中期、正岡子規が絵画の方法から学んで提唱した散文の一様式。高浜虚子・坂本四方太・長塚節たかし・伊藤左千夫らが発展させた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

写生文
しゃせいぶん
文芸用語。対象をありのままに写す「写生」の概念を散文に当てはめたもので、明治30年代初頭に正岡子規(まさおかしき)が提唱した。当初「叙事文」「小品文」ともよばれ、雑誌『ホトトギス』でも募集があった。子規『小園の記』(1898)や高浜虚子(きょし)『浅草寺のくさぐさ』(1898)などが収穫。1900年(明治33)から写生文の朗読批評の会「山会(やまかい)」が始まり、文章には山(中心点)がなければならないという態度が示された。子規没後は虚子のほかに、寒川鼠骨(さむかわそこつ)、坂本四方太(さかもとしほうだ)らが写生文の発展に力を注ぎ、口語による写生文体も完成。『ホトトギス』の運動は小説界にも影響し、夏目漱石(そうせき)『吾輩(わがはい)は猫である』(1905~06)、『草枕(くさまくら)』(1906)、虚子『風流懺法(せんぽう)』(1907)、伊藤左千夫(さちお)『野菊の墓』(1906)、長塚節(たかし)『土』(1910)など、写生文派作家の名作を生み出した。寺田寅彦(とらひこ)、鈴木三重吉(みえきち)、野上弥生子(やえこ)らも、写生文の影響下から出発した。人生に肉迫する自然主義文学とは違う、余裕派とよばれる一派を生み出したことも忘れられない。[中島国彦]
『福田清人著『写生文派の研究』(1972・明治書院)』

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精選版 日本国語大辞典

しゃせい‐ぶん【写生文】
〘名〙 絵画の写生の手法を文章にとり入れて、自然、人事などを、見た通り、感じた通りに描写しようとする文章。明治中期、正岡子規らが主張して盛んになった。
※東京朝日新聞‐明治三六年(1903)一〇月一二日「子規子の二文載せあり。〈略〉写生文と銘打てあるはしがきからして写生的なが嬉しい」

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知恵蔵

写生文
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出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

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