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内田魯庵【うちだ ろあん】

美術人名辞典

内田魯庵
評論家・小説家・翻訳家。東京生。名は別号は不知庵・藤庵等多数。初め文学評論で認められる。ロシア文学をはじめ、欧米文学を多く翻訳紹介した。小説『血ざくら』・随筆『思ひ出す人々』等がある。昭和4年(1929)歿、62才。

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デジタル大辞泉

うちだ‐ろあん【内田魯庵】
[1868~1929]文学者。東京の生まれ。本名、貢。別号、不知庵。「罪と罰」「復活」などのロシア文学を翻訳・紹介。社会小説連作。小説「くれの廿八日」、短編小説集「社会百面相」、文壇回顧録「思ひ出す人々」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

内田魯庵 うちだ-ろあん
1868-1929 明治-大正時代の評論家,小説家。
慶応4年閏(うるう)4月5日生まれ。「女学雑誌」に文芸評論をかき,「くれの廿八日」「社会百面相」などの社会小説で注目される。のち丸善で「学燈」を編集。ドストエフスキー「罪と罰」などの翻訳や文壇回顧録「思ひ出す人々」でも知られる。昭和4年6月29日死去。62歳。江戸出身。東京専門学校(現早大)中退。本名は貢(みつぎ)。別号に不知庵。
【格言など】功名心(アンビシヨン)に酔ってる人は悪魔(サタン)ですもの(「くれの廿八日」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

うちだろあん【内田魯庵】
1868‐1929(明治1‐昭和4)
明治期の文芸評論家,作家,翻訳家。江戸生れ。本名貢(みつぎ)。別号不知庵(ふちあん)。東京専門学校中退。1888年,〈山田美妙大人(うし)の小説〉で文壇に登場,J.アディソンを学んだ軽妙な風刺を得意としたが,翌年ドストエフスキーの《罪と罰》を読んで衝撃を受け,二葉亭四迷にも心服して,文学とは何かを正面から考えるようになった。以後,人生の真理を描く小説〈ノーベル〉をめざして硯友社系の遊戯文学を排する一方,外面的な〈大文学〉を唱える矢野竜渓(文雄)らをも批判した。

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大辞林 第三版

うちだろあん【内田魯庵】
1868~1929) 評論家・翻訳家・小説家・随筆家。東京生まれ。本名、貢。社会小説「くれの廿八日」「社会百面相」、評論・随筆の代表作に「文学者となる法」「思ひ出す人々」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

内田魯庵
うちだろあん
[生]慶応4(1868).閏4.5. 江戸
[没]1929.6.29. 東京
評論家,小説家,翻訳家。本名,貢。別号,不知庵。立教学校,東京専門学校,大学予備門 (のちの第一高等学校) などで英語を学んだがいずれも中退。『山田美妙大人の小説』 (1888) を『女学雑誌』に発表して文芸評論家として出発,『国民新聞』『国民之友』にも寄稿して確固たる地歩を得,1901年「丸善」に入り同社発行『学鐙 (がくとう) 』に拠って評論活動を続け,『ブリタニカ百科事典』の輸入販売に尽力。硯友社以来の文壇の遊戯性,俗物性,無思想性を攻撃,写実主義の深化,社会性の拡大を求めて,観念小説,悲惨小説を擁護し,批評がジャンルとしての確立に向う端緒を開いた。ドストエフスキーの『罪と罰』,トルストイの『復活』をはじめアンデルセン,ポー,ディケンズ,ゾラ,デュマらの作品を翻訳。社会小説『くれの廿八日』 (98) ,文壇回顧録『思ひ出す人々』 (15,初刊『きのふけふ』) などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

内田魯庵
うちだろあん
(1868―1929)
明治・大正期の評論家、翻訳家、小説家。本名は貢(みつぎ)、別号に不知庵(ふちあん)など。慶応4年閏(うるう)4月5日、旧幕臣の子として生まれる。立教学校、大学予備門を中退後、遠縁の翻訳家井上勤(つとむ)の仕事を手伝って語学力を身につけた。1888年(明治21)文壇に登場、硯友社(けんゆうしゃ)勃興(ぼっこう)に際し、鋭利な批評眼と風刺性の強い文章で、『女学雑誌』『国民之友』などの誌上で文芸評論家として活躍した。二葉亭四迷(しめい)と親交を結び、その文学観を揺すぶったドストエフスキーの『罪と罰』を翻訳し、98年に『くれの廿八日(にじゅうはちにち)』で小説家となり、『社会百面相』(1901)などを発表。近松門左衛門や芭蕉(ばしょう)の研究を通じて得た書物への愛着から1901年(明治34)に丸善入社、『学鐙(がくとう)』の編集に終生あたったが、二葉亭の死後、トルストイの『復活』の翻訳を行うほか、もっぱら随筆と考証に従事した。文壇回想録『思ひ出す人々』(1925)や随筆集『貘(ばく)の舌』(1921)、『バクダン』(1922)などに所収の進歩的立場での文明批評や読書文化普及で世に知られた。わが国近代の代表的読書人。昭和4年6月29日没。[野村 喬]
『『現代日本文学大系3 内田魯庵他集』(1970・筑摩書房)』

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精選版 日本国語大辞典

うちだ‐ろあん【内田魯庵】
文筆家。東京都出身。本名は貢。別号、不知庵。「罪と罰」などの翻訳を行なう。のち「くれの廿八日」「社会百面相」「思ひ出す人々」など、社会小説を連作。明治元~昭和四年(一八六八‐一九二九

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