Rakuten infoseek

辞書

元帝【げんてい】

世界大百科事典 第2版

げんてい【元帝 Yuán dì】
276‐322
中国,東初代の皇帝。在位317‐322年。姓名司馬睿(しばえい),廟号中宗,宣帝司馬懿(しばい)の曾孫。八王の乱の末期,下邳(かひ)(江蘇省)に鎮守し幕府を開いて揚州(江蘇,浙江,安徽,江西)の軍事権を統轄した。華北の混乱が一段と激化した307年(永嘉1),名臣王導の計に従って建鄴(南京)に移鎮し,亡命貴族や三呉地方の豪族を幕下に招いて人心収攬に努める一方で,豪族相互の対立を巧妙に利用して勢力を固め,晋側諸勢力の盟主に推された。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

げんてい【元帝 Yuán dì】
508‐554
中国,南朝の第3代皇帝。在位552‐554年。姓名は蕭繹(しようえき)。武帝第7子。侯景の乱が起こると出鎮中の江陵(湖北省)で亡命貴族らを結集して対抗し,侯景敗死後に即位した。厳政で国勢の回復をはかったが,西魏の攻撃に惨敗して殺された。王公以下の数万人が奴婢とされて長安に拉致され,南朝貴族制は大きな打撃を受けた。学芸の天才で特に老荘を好み,多くの著述を残した。十数万巻の蔵書落城の直前に全部焼きすて,〈文武の道,今夜窮まる〉と嘆いたという。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

精選版 日本国語大辞典

げん‐てい【元帝】
[一] 中国、前漢の第一一代皇帝(在位前四九‐前三三)。姓名は劉奭(りゅうせき)。幼少より儒学を好み、即位後、儒生を多く任用した。(前七五‐前三三
[二] 中国、三国時代魏の第五代皇帝(在位二六〇‐二六五)。姓名は曹奐。高貴郷公の後をついで即位したが、司馬炎に位を奪われ、魏は亡んだ。(二四八‐三〇二
[三] 中国、東晉の初代皇帝(在位三一七‐三二二)。姓名は司馬睿(しばえい)。琅邪(ろうや)王となり、西晉滅亡後即位し、晉王朝を継承。江北の回復を志したが、大将軍王敦の反乱を招き、乱中に病死。(二七六‐三二二
[四] 中国、南朝梁の第三代皇帝(在位五五二‐五五四)。姓名は蕭繹(しょうえき)。諡(おくりな)は孝元皇帝。侯景の乱を平定して、即位。のち西魏に攻められ、没した。(五〇八‐五五四

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

元帝」の用語解説はコトバンクが提供しています。

元帝の関連情報

関連キーワード

司馬睿司馬睿司馬睿タキトゥスアンチゴノス2世タキツスバフラム1世フロリアヌス稲尾和久国際協力機構

他サービスで検索

「元帝」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.