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信心【シンジン】

デジタル大辞泉

しん‐じん【信心】
[名](スル)神仏を信仰する心。また、加護や救済を信じて、神仏に祈ること。「信心が足りない」「信心を起こす」「信心深い」

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デジタル大辞泉プラス

信心
古典落語の演目のひとつ。上方ばなしの「滑稽清水」の東京での別題。

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世界大百科事典 第2版

しんじん【信心】
神やの力をじ,これに帰依し,もろもろのをかける心。したがって宗教に入る第一歩が信心である。仏教では発菩提心(ほつぼだいしん)とも信心ともいう。信仰というのもおなじであるが,信心はひろく通俗性をもっている。しかし仏教で〈信〉とか〈信楽(しんぎよう)〉といえば,絶対的帰依の哲学的意味をもたせる。したがって〈浄土を信楽する〉〈本願を信ずる〉とはいっても,浄土・本願を信心するといわない。よく〈の頭も信心から〉などといわれ,庶民信仰としてあつかわれる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しんじん【信心】
スル
加護を願って、神仏を信ずること。また、神仏を信ずる心。 -が足りない 類義の語に信仰があるが、信仰は宗教的なものを信じ尊ぶ自覚的な態度をいう。それに対して信心は加護を願って一心に神仏やその教えを信じる心をいう

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

信心
しんじん
仏教では、信とは心を清浄にする精神の作用をいう。仏道を修める第一歩にこの信を置き、心を清浄にして教えを疑わず、その教えに向かうことである。一般に信というと、なにかある対象を信ずることと理解されるが、仏教では信は究極の真理である法そのものが自己のうえに現れ出たものであって、これが信心の本質である。浄土教ではとくに信心が強調され、ひたすら阿弥陀仏(あみだぶつ)の救済を信ずる心がたいせつであると説く。親鸞(しんらん)はこれを他力の信心といい、如来(にょらい)(阿弥陀仏)から私たち凡夫(ぼんぶ)に与えられた真実心にほかならないことを説き明かした。[瓜生津隆真]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

しん‐じん【信心】
〘名〙
① 仏語。一般に三宝や因果の理法を信ずる心。これを仏道にはいる第一歩とし、初門という。また浄土教では阿彌陀仏の本願を信ずることをいう。
※霊異記(810‐824)上「然して後に、(すなは)ち信心を発(おこ)し、邪を廻(めぐ)らして正に入れり」
② (━する) 神や仏の力を信じて、その加護を願って祈ること。また、その心。
※日葡辞書(1603‐04)「Xinjin(シンジン)〈訳〉信じ敬うこと。xinjinuo(シンジンヲ) モヨヲス」
※浮世草子・好色一代男(1682)四「慈覚大師の作の一寸八分の十一面、守本尊を送りけるが、身をはなさず信心(シンジン)したまふこそうれし」
③ (━する) ある人間を心から慕いあこがれること。
※人情本・仮名文章娘節用(1831‐34)前「おめへなんぞも容貌はよし、気めへといひ、しん心する男が多からう」

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