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人情本【にんじょうぼん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

人情本
にんじょうぼん
江戸時代後期の戯作の一種。末期の洒落本を長編化し,読者に女性を想定して新しい傾向を示したものと,通俗的な読本の伝奇性および中本という書型などが融合して形成された新しいジャンル。初め中形絵入り読本,泣本などと称したが,天保3 (1832) 年頃から代表作為永春水人情本と称した。十返舎一九校合『清談峰初花』 (19~21) と,滝亭鯉丈,春水合作校合の『明烏後正夢 (あけがらすのちのまさゆめ) 』 (21~24) に始るが,読本風の伝奇性をもった初期の作品群を「文政期人情本」とし,天保3年刊『春色梅児誉美 (うめごよみ) 』以後の会話文を多くした柔軟な文体によって恋愛の情緒を主として描いた後期の作品群を「天保期人情本」としている。その恋愛描写が風俗を乱すとして天保の改革で摘発され,春水の死とともに衰えたが,なお生命を明治期まで保ち,硯友社や永井荷風らに影響を与えた。ほかに主作品は曲山人仮名文章娘節用 (かなまじりむすめせつよう) 』,鼻山人『合世 (あわせ) 鏡』 (34) ,山々亭有人 (ありんど) 『春色江戸紫』 (64) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

にんじょう‐ぼん〔ニンジヤウ‐〕【人情本】
江戸後期から明治初期まで行われた小説の一種。洒落本のあとを受けたもので、町人の恋愛・人情の葛藤などを描く。為永春水の「春色梅児誉美」などが代表作。中本(ちゅうぼん)。泣き本。

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世界大百科事典 第2版

にんじょうぼん【人情本】
幕末から明治初年にかけて流行した近世小説の一ジャンル。人情本の源流の一つは,式亭三馬梅暮里谷峨(うめぼりこくが)らが,寛政の改革以降に著した物語性に富む連作洒落本(しやれぼん)に求められるが,それとともに読本(よみほん)を通俗化し,講釈などの話芸をとりいれた中型読本と呼ばれる大衆読み物からの転化が考えられる。前者の系譜を引くのは《娼妓美談(けいせいびだん) 籬の花(まがきのはな)》(1817)など,末期洒落本作者として出発した鼻山人であり,後者の中型読本から市井の男女の情話を描く人情本様式への転回を告げたのは,新内の名作《明烏(あけがらす)》の後日談として書かれた,2世南仙笑楚満人(なんせんしようそまひと)(為永春水)・滝亭鯉丈(りゆうていりじよう)合作《明烏後正夢(のちのまさゆめ)》(1819‐24)と素人作者の写本《江戸紫》を粉本とした十返舎一九の《清談峯初花(せいだんみねのはつはな)》(1819‐21)であった。

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大辞林 第三版

にんじょうぼん【人情本】
文政(1818~1830)頃から明治初期まで行われた風俗小説の一。情的共感を重んじ、男女の恋愛を中心に描いたものが多い。書型は中本ちゆうぼんで、前身の洒落本よりやや大きい。為永春水の「春色梅児誉美」が代表作。泣き本。中本。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

人情本
にんじょうぼん
江戸後期の小説の一ジャンル。洒落本(しゃれぼん)の後を受け、洒落本と違っておもに婦女子を読者とし、文政(ぶんせい)初年(1818)から明治初年(1868)にかけて江戸で流行した、写実的な恋愛小説の名称である。市井の青年男女を主人公に、多くは1人の男性に配するに2人ないし3人の女性をもってし、三角関係、またそれ以上にわたる情痴的恋愛の種々相を描くものである。背景となる江戸市井の風俗の的確な描写に加えて、会話と地の文を対等に扱う近代的な表現様式も樹立し、明治の風俗小説、硯友(けんゆう)社の文学を生む役割をも果たしている。ただ、以上のように定義づけられるのは、天保(てんぽう)(1830~44)に入って為永春水(ためながしゅんすい)が人情本をリードするようになってからの作品で、それ以前の文政期の人情本は、音曲、演劇、講釈などに取材した未熟な伝奇小説であった。人情本の名称も、春水が『春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)』四編序で彼自身の作品を人情本(もの)と称してから一般化したもので、普通にはその書型から滑稽(こっけい)本とともに中本(ちゅうほん)とよばれ、本屋仲間の公的な称呼としては中型絵入読本(ちゅうがたえいりよみほん)、さらにその内容から初期においては泣本(なきほん)とも称されていた。
 人情本は洒落本からテーマや表現技術を多く受け継ぎながら、なお書肆(しょし)の要求で婦女子を読者と予想することでそれにふさわしい題材や表現を加え、洒落本と違って遊里から離れ、中型絵入読本の名称が示すように、通俗的な世話読本として執筆されたところに成立する。一般にそれは、無名作者の草稿を十返舎一九(じっぺんしゃいっく)が校合して出版した『清談峯初花(せいだんみねのはつはな)』(1819)を最初とするが、2世南仙笑楚満人(なんせんしょうそまひと)(為永春水)や鼻山人(はなさんじん)らの作品によってしだいに現実主義的な傾向を強め、曲山人(きょくさんじん)の『仮名文章娘節用(かなまじりむすめせつよう)』(1831)を経て『春色梅児誉美』(1832~33)以下の春水の作品で、他の江戸小説に対して完全に独自性を主張する位置を確保した。鼻山人や松亭金水(しょうていきんすい)らも活躍するが、天保の改革の風俗取締りによって弾圧され、幕末になって復活するものの、そのまま維新開化の波にのみ込まれ、「続きもの」とよばれる明治の小新聞(こしんぶん)の風俗読み物へと解消していった。[神保五彌]
『『人情本について』(『山口剛著作集4』所収・1972・中央公論社)』

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精選版 日本国語大辞典

にんじょう‐ぼん ニンジャウ‥【人情本】
〘名〙 江戸後期、文政(一八一八‐三〇)頃に発生し、天保期(一八三〇‐四四)を最盛期として、明治初期まで続いた近世小説の一様式。江戸の市民社会の恋愛や人情の葛藤を、情緒とともに描写したものが多く、美濃紙四分の一大の三冊をもって一編とし、数編で完結するのが普通の形式である。曲山人、為永春水、松亭金水らの作者があり、春水の「春色梅児誉美」はその代表作である。泣本(なきほん)。人情物。
※人情本・婦女今川(1826‐28)八「こりゃアただのしゃれ本同様な人情本(ニンジャウボン)だ」

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