Rakuten infoseek

辞書

Infoseek辞書サービス終了のお知らせ

五奉行【ごぶぎょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

五奉行
ごぶぎょう
豊臣氏の庶政に関する職制の一つ。五大老の下に位した。前田玄以浅野長政石田三成増田 (ました) 長盛長束 (なつか) 正家の5人がそのにあった。これらの5人が奉行として連署した初見は文禄4 (1595) 年であるが,これは五奉行という制度化された呼称ではなかった。五奉行の成立は慶長3 (98) 年7月頃,秀吉の死の直前ではないかと推測される。以来,秀頼の時代まで続いた。職務分担は主として前田玄以が公家,寺家,社家,そのほか諸座,諸職に関し,長束正家知行兵糧など財政に関し,浅野石田増田らが司法ならびに一般行政に関してそれぞれ担当した。大事件については,5人の合議によって処理された。関ヶ原の戦いで崩壊した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ご‐ぶぎょう〔‐ブギヤウ〕【五奉行】
豊臣政権下の職名。五大老の下にあって、重要な政務を処理した五人の奉行。浅野長政前田玄以石田三成増田長盛(ましたながもり)長束正家(なつかまさいえ)の五人。→五大老

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ごぶぎょう【五奉行】
豊臣政権の職制。1598年(慶長3)7月ごろ豊臣秀吉の死を前にして設置された。前田玄以浅野長政増田(ました)長盛石田三成長束(なづか)正家の五名で構成される。豊臣氏の奉行は政権の樹立以来存在し,初期の奉行には桑原貞也,杉原家次,細井方成,石田三也(成),増田長盛,大谷吉継,伊藤秀盛など多くの人名を挙げることができる。そしてその職制は1585年(天正13)秀吉の関白就任を機として,整備されたと考えられるが,このとき五奉行が設置されたとする《太閤記》の記事は事実ではない。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ごぶぎょう【五奉行】
豊臣秀吉が政務を分掌させるために置いた五人の奉行。浅野長政・石田三成・長束正家・前田玄以・増田長盛。 → 五大老

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

五奉行
ごぶぎょう
豊臣(とよとみ)政権の職名。浅野長政(ながまさ)、前田玄以(げんい)、石田三成(みつなり)、増田長盛(ましたながもり)、長束正家(なつかまさいえ)をいう。豊臣氏は奉行制により政務を処理していたが、そのうちとくに中心となったのはこの5人である。1598年(慶長3)秀吉は、死後の政権安定を図り、五奉行の合議制により行政を処理することとし、分担を定めている。分担は、玄以が所司代(しょしだい)として公家(くげ)・寺社関係と洛中(らくちゅう)洛外のこと、正家が知行方(ちぎょうかた)・兵糧方(ひょうろうかた)など財政関係、長政・三成・長盛は一般行政事務となっている。しかし、掟(おきて)などに五奉行全員が連署する形式は1595年(文禄4)ころからみられるので、実質的な成立はこれ以前と考えられる。秀吉の死後、五大老の一人徳川家康に圧せられその権限を失った。[佐々悦久]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ご‐ぶぎょう ‥ブギャウ【五奉行】
〘名〙 豊臣政権の職名。天正一三年(一五八五)設置。京都市政・法令・土木・訴訟・財政などの政務を分掌した五人の奉行。浅野長政・石田三成・増田長盛・長束正家・前田玄以で、石田三成を中心に、いわゆる文治派を形成して武断派と対立した。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

五奉行
ごぶぎょう
安土桃山時代,豊臣政権の職名
1585年(一説に'98年)ころの設置。豊臣秀吉は子飼いの前田玄以 (げんい) ・石田三成・増田 (ました) 長盛・浅野長政・長束 (なつか) 正家の5人に重要職務を分担させた。前田は公家・寺院,長束は兵糧・財政,浅野・石田・増田らは検地を担当。いずれも公文書に署名加判した。武将間では,この文治派大名の権威が弱く,そのため,さらに五大老を設置したという。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

五奉行」の用語解説はコトバンクが提供しています。

五奉行の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.