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与謝蕪村【よさ ぶそん】

美術人名辞典

与謝蕪村
江戸中期の俳人画家摂津生。谷口、のち与謝、俳号を宰鳥・宰鳥夜半亭等、画号を四明・朝滄・長庚・春星、晩年謝寅と号する。夜半亭宋阿に俳諧を学び、絵は各派・中国画・舶載画譜により画法を修得し独自の画風を固め、池大雅と共に活躍した。天明3年(1783)歿、67才。

出典:(株)思文閣

朝日新聞掲載「キーワード」

与謝蕪村
摂津国毛馬(けま)村(今の大阪市都島区)生まれ。江戸で俳諧などを学んだ後、京都を拠点に活動し、丹後讃岐も訪れた。有名なに「菜の花や月は東に日は西に」「春の海終日(ひねもす)のたりのたり哉(かな)」。新出句の確認までは約2900句が知られていた。
(2016-12-27 朝日新聞 朝刊 文化文芸)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

よさ‐ぶそん【与謝蕪村】
[1716~1784]江戸中期の俳人・画家。摂津の人。本姓は谷口、のち与謝と改める。蕪村は俳号。別号、宰鳥・紫狐庵。画号、四明・長庚・謝寅など。江戸に出て俳人早野巴人(はやのはじん)(夜半亭宋阿)に入門。諸国放浪後、京都に定住、のち夜半亭2世を名のった。浪漫的、絵画的な俳風を示し、「春風馬堤曲」などの新体の詩も創作、中興俳諧の中心的役割を果たした。絵画では、池大雅(いけのたいが)とともに日本南画の大成者とされる。著「新花摘(しんはなつみ)」「夜半楽」「蕪村句集」など。
大野洒竹による評伝。明治30年(1897)刊。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

与謝蕪村 よさ-ぶそん
1716-1784* 江戸時代中期の俳人,画家。
享保(きょうほう)元年生まれ。20歳ごろ江戸にでて早野巴人(はじん)(夜半亭宋阿)に俳諧をまなぶ。師の死後は関東,奥州を遊歴し,宝暦元年京都にうつる。写実性,浪漫性,叙情性にとむ俳風で中興期俳壇の中心的存在となる。晩年は蕉風(しょうふう)復興を提唱。画家としては文人画を大成,代表作に池大雅との合作「十便十宜図」がある。天明3年12月25日死去。68歳。摂津東成郡(大阪府)出身。本姓は谷口。俳号は別に夜半亭,紫狐庵など。著作に俳体詩「春風馬堤曲(しゅんぷうばていのきょく)」,句日記「新花摘(しんはなつみ)」など。
【格言など】しら梅に明くる夜ばかりになりにけり(辞世)

出典:講談社
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江戸・東京人物辞典

与謝蕪村
1716〜1783(享保元年〜天明3年)【俳人】日常生活を絵画的な美しさで、五七五の俳句に切り取った。 芭蕉・一茶と並び称される俳人。画家。摂津国に生まれ、江戸に出て俳人早野巴人師事宇都宮、京都、讃岐など各地を遊歴し、画と俳句を修行。俳諧の編著に『夜半楽』など、画に池大雅との競作十便十宜画冊』などがある。その絵画的描写は、明治の子規らによる近代俳句運動に影響を与えている。

出典:財団法人まちみらい千代田
監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
(C) 財団法人まちみらい千代田
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世界大百科事典 第2版

よさぶそん【与謝蕪村】

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大辞林 第三版

よさぶそん【与謝蕪村】
1716~1783 江戸中期の俳人・画家。摂津の生まれ。本姓、谷口、のち与謝氏。別号、宰鳥・夜半亭、画号、長庚・春星・謝寅など。池大雅と「十便宜図」を合作するなど日本文人画を大成する一方、俳諧は早野巴人はじんに学び、「景気(叙景)」「不用意(即興)」「高邁洒落(離俗)」を柱に、写実的・古典趣味的・浪漫的な俳風を形成した。晩年、中興俳壇にあきたらず、「俳力(俳諧性)」の回復を唱え、「磊落(自在性)」の境地を志向した。編著「新花摘」「夜半楽」「此ほとり」「昔を今」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

与謝蕪村
よさぶそん
[生]享保1(1716).摂津
[没]天明3(1783).12.25. 京都
江戸時代中期の画家,俳人。本姓,谷口。別号,宰町,宰鳥,落日庵,紫狐庵,夜半翁,夜半亭2世。画号,長庚,春星,東成,謝寅 (しゃいん) など。豊かな農家に生れたが,両親と家産を失い,17~18歳頃江戸に下り,絵画,俳諧を志した。俳諧は内田沾山,夜半亭早野巴人に師事。寛保2 (1742) 年巴人没後,下総結城の友人砂岡雁宕 (いさおかがんとう) 方に身を寄せ,以後 10年間常陸,下総を中心に放浪生活を続け,画俳の基礎を固めた。延享1 (44) 年 29歳のとき蕪村と改号,翌年和詩『北寿老仙をいたむ』を書いた。宝暦1 (51) 年京都へ移住,以後約 10年間,画業を主とし画名大いにあがった。明和7 (70) 年夜半亭2世を継ぎ,京都俳壇の中心人物となり,池大雅と合作の『十便十宜』を描き,画俳ともに大成期を迎えた。句日記『新花摘』,連句『桃李 (ももすもも) 』 (80) ,追悼集『から桧葉』などがある。高い美意識や教養に基づく感性的,ロマン的作風で,中興期俳壇を代表する俳人。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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精選版 日本国語大辞典

よさ‐ぶそん【与謝蕪村】
江戸中期の俳人、画家。摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)の農家に生まれた。本姓谷口、のち与謝。別号宰鳥、夜半亭二世。画号四明・春星・謝寅など。一七、八歳のころ江戸に出て、画や俳諧を学び、俳諧の師巴人が寛保二年(一七四二)に没してからは江戸を去り、一〇年あまり東国を放浪した。宝暦元年(一七五一)京都に移ってからは、しだいに画俳ともに声価を高め、明和七年(一七七〇)には夜半亭を継ぎ宗匠の列につらなった。さらに安永二年(一七七三)には「あけ烏」を刊行し、俳諧新風を大いに鼓吹した。俳風は離俗、象徴的で美的典型を示しており、中興俳諧の指導的役割を果たした。一方、画にすぐれ、大雅と並び文人画の大成者といわれる。著「新花摘」「夜半楽」「玉藻集」など。句集に「蕪村句集」がある。享保元~天明三年(一七一六‐八三

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旺文社日本史事典 三訂版

与謝蕪村
よさぶそん
1716〜83
江戸中期の俳人・文人画家
本姓谷口,画号謝寅 (しやいん) 。摂津(大阪府)東成郡の富農の出身。江戸で早野巴人 (はじん) に俳諧を学び,また書・画・漢詩をおさめ,のち京都に定住。文人画の大家として池大雅と並称され,合作の『十便十宜図』は有名。また蕉風俳諧を信奉して,絵画的・ロマン的な句で俳諧を中興した。著書句集蕪村七部集』など。また『奥の細道図屛風』など俳画の確立者でもある。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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日本大百科全書(ニッポニカ)

与謝蕪村
よさぶそん

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