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レオ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

レオ
Leo, Heinrich
[生]1799.3.19. ルドルシュタット
[没]1878.4.24. ハレ
ドイツの歴史家。ブレスラウ,イェナ,ゲッティンゲンで学び,過激派のブルシェンシャフトに加わったが,次第に保守派に転じた。 1828~78年ハレ大学教授。国家成立の社会的・地理的要素の重要性を主張して L.ランケと対立し,その方法論においても緻密なランケのそれとは対照的で,キリスト教的な摂理史観から,しばしば不注意な結論を導き出した。主著『イタリア史』 Geschichte der italienischen Staaten (5巻,1829~32) ,『世界史教本』 Lehrbuch der Universalgeschichte (6巻,35~44) 。

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レオ
Leo, Leonard (Ortensio Salvatore de)
[生]1694.8.5. サンビト
[没]1744.10.31. ナポリ
イタリアの作曲家。ナポリのピエタ音楽院に学び,1725年宮廷礼拝堂のオルガニスト,37年副楽長,39年サント・オノフリオ音楽院院長,44年宮廷楽長の地位へ進み,多くの弟子を育成した。ナポリ派の代表的作曲家の一人として,多くのオペラオラトリオミサ曲モテトやチェロ協奏曲,バイオリン協奏曲,オルガン曲,チェンバロ曲などを作曲した。主作品はオペラ『デモフォンテ』 (1733初演) ,『愛は苦しみを求める』 (39初演) 。

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デジタル大辞泉

レオ(Leo)
ローマ教皇の名。
(1世)[?~461]第45代教皇。在位440~461。ペラギウスらの異端と争い、キリスト単性説を排し、正統教義を確立。フン族バンダル族の侵入からローマを守った。
(3世)[?~816]第96代教皇。在位795~816。フランク王カール大帝ローマ皇帝の冠を加えた。
(10世)[1475~1521]第217代教皇。在位1513~1521。メディチ家の出身で、学問・芸術を奨励。サンピエトロ大聖堂再建のための免罪符の販売はルターの批判を招き、宗教改革の原因となった。

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デジタル大辞泉プラス

レオ
日本の特撮テレビ番組『ウルトラマンレオ』(1974~75)に登場する同名の巨大ヒーロー俗称

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レオ
日本プロ野球チーム、埼玉西武ライオンズの公式マスコット。手塚治虫の「ジャングル大帝」がモチーフ

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世界大百科事典 第2版

レオ【Leo】
401ころ‐474
ローマ帝国東帝。在位457‐474年。ギリシア名レオンLeōn。トラキア出身の将校で,457年アスパルにより東帝位に擁立された。治世当初はアスパルの勢力が絶大であったが,レオ帝はまず466年アスパルの息子アルダブリウスのオリエンス軍司令官職解任に成功。その後,イサウリア人将校タラシコディッサ(のちのゼノン帝)を娘アリアドネの婿として重用し,東ゴートを勢力基盤とするアスパルに対抗して,主としてイサウリア人から成る新規の近衛軍を編制した。

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大辞林 第三版

レオ【Leo】
(一世)(400頃~461)ローマ教皇(在位440~461)。ペラギウスなどの異端を排撃し、キリストの神人二性一人格論を主張。皇帝と東方教会に対するローマ教皇の優位を認めさせ、異民族を退けるなど聖俗にわたり教皇権を高めた。
(三世)(675頃~741) ビザンツ皇帝(在位717~741)。726年に聖画像禁止令を発し、教会の東西分裂の原因をつくった。
(三世)(750頃~816) ローマ教皇(在位795~816)。800年カール大帝にローマ皇帝の帝冠を授けた。
(一〇世)(1475~1521) ローマ教皇(在位1513~1521)。メディチ家出身。学芸を保護し、ルネサンスを奨励した。聖ピエトロ大聖堂建築のために免罪符を販売し、ルターによる宗教改革の発端をつくった。
(一三世)(1810~1903) ローマ教皇(在位1878~1903)。ビスマルクの文化闘争を停止させるなど各国との友好に努め、社会政策を推進し、教会の近代的地位の確立に貢献。

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精選版 日本国語大辞典

レオ
(Leo)
[一] 三世。ビザンチン皇帝(在位七一七‐七四一)。シリア朝(イサウリア朝)を建て、前後二回アラビア軍のコンスタンチノープル包囲を撃破し、外敵の脅威から帝国を救ったが、偶像破壊令を出して聖像論争をひき起こし、教会の東西分裂、さらには東ローマ帝国と西欧との分裂を決定的にした。レオン三世。七四一年没。
[二] 一〇世。ローマ教皇(在位一五一三‐二一)。ロレンツォ=デ=メディチの次男。ルネサンスの学芸の保護者。聖ピエトロ寺院再建資金調達のため免罪符を発行してルターの批判を招き、宗教改革の原因をつくった。(一四七五‐一五二一
[三] 一三世。ローマ教皇(在位一八七八‐一九〇三)。文化闘争を終結させ、スコラ哲学の研究を奨励し、多くの回勅を発して、教会の充実・発展、海外布教に力を尽くした。一方、キリスト教社会主義運動も育成し、教会の二〇世紀への対応の道を開き、近代において最も権威のあった教皇。(一八一〇‐一九〇三

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