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リスク理論【りすくりろん】

日本大百科全書(ニッポニカ)

リスク理論
りすくりろん
現代社会の特質を環境破壊、原発事故、戦争、テロリズムといった危険、不確実性という側面に焦点を当てて解明する社会学理論。リスク社会論とも呼ばれる。1986年4月のチェルノブイリ原子力発電所事故後、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックUlrich Beck(1944―2015)によって本格的に展開された。彼は、学術的な本としては珍しくベストセラーとなった著作『危険社会』Risikogesellschaft(1986)において、リスク社会論を以下のように定式化した。リスク社会とは、産業社会が環境問題、原発事故、遺伝子工学等にみられるように新たな時代、別の段階に入り、それまでとは質的に全く異なった性格をもつようになった社会のことである。異なった性格とは、「困窮は階級的であるが、スモッグは民主的である」という言葉に象徴されるように、環境汚染や原発事故といったリスクが階級とは基本的には無関係に人々にふりかかり、逆説的にある種の平等性、普遍性をもっていること、そしてチェルノブイリ原発事故に端的に示されているように、リスクのもつ普遍性が、国境を越え、世界的規模での共同性、いわゆる世界社会を生み出していることが挙げられる。その意味で、今までの一国社会、国民国家、また国内での階級的不平等を主要な特徴としていた産業社会から決別し、新たな段階としてリスク社会に入ったというわけである。ただし、だからといってリスクが階級と無関係に存在するとベックは主張しているわけではない。貧困が条件となった環境破壊と産業技術上の危険が存在することも認識しながら、彼は上述の議論を展開している。
 さらに1990年代以降になると彼はリスク社会論をグローバル化論とリンクさせる形で世界リスク社会論を提示するようになる。また彼は「リスク(ドイツ語Risiko)」という概念と、「危険(ドイツ語Gefahr)」という概念を峻別する。危険とは、例えば天災のように人間の営み、自己の責任とは無関係に外からやってくるもの、外から襲うものである。それに対してリスクとは、例えば事故のように、人間自身の営みがつくり出したものであり、自らの責任に帰するものである。リスクとは、自由の裏返しであり、人間の自由な意思決定や選択、予見可能性、制御可能性に重きをおく近代社会の成立によってはじめて成立した概念である。世界リスク社会の本質は、本来予見可能であり制御可能であったはずのリスクが、近代社会の変質に伴い、そうではなくなってしまい、世界的な規模で広がり、収拾がつかなくなり、グローバルな危険になってしまうことをさしている。そして、危険の次元は、環境破壊、金融危機、テロのネットワークの三つに区分される。しかし、危険のグローバル性は、内政と外交との区分を流動化し、テロに対する戦いにみられるように逆にグローバルな同盟を生み出す。彼によれば、このことが世界リスク社会の自己再帰性である。
 彼のリスク社会論には、ニクラス・ルーマンによるシステム理論の立場からの批判的検討がある。またリスク社会論は、同時代のイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズの現代社会論にも大きな影響を与えている。[島村賢一]
『ウルリヒ・ベック著、東廉・伊藤美登里訳『危険社会――新しい近代への道』(1998・法政大学出版局) ▽ウルリヒ・ベック著、島村賢一訳『世界リスク社会論――テロ、戦争、自然破壊』(2003・平凡社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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