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リシュリュー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

リシュリュー
Richelieu, Armand Jean du Plessis, Cardinal et Duc de
[生]1585.9.9. パリ
[没]1642.12.4. パリ
フランスの政治家,枢機卿。国王ルイ 13世宰相を 18年間つとめ,その間内外の諸問題を通じて王国にかつてない権勢をもたらしたことで知られる。貴族の家に生れたが,リュソンの司教となり,1614年全国三部会の聖職者代表に選ばれ政界に入る。ルイ 13世の母后マリ・ド・メディシスに見出され,15年王妃アンヌのオモニエ (侍従司祭) ,16年国務卿に任命された。マリの寵臣 C.コンチーニが暗殺されるとマリとともに宮廷を去ったが,20年ルイ 13世とマリの和解が成立して,宮廷に復帰。 22年枢機卿,24年国王の国務会議に入り事実上の宰相となり,28年には新教徒の拠点ラロシェルを制圧した。「王国の強大」化に執念を燃やし,集権力強化の国政改革を推進し,またヨーロッパにおける主導権の確立を求めてハプスブルク勢力と対決し,35年三十年戦争に参加した。戦争は意図に反して長期化し,戦費のための重税政策は,宮廷内におけるリシュリュー失脚の陰謀をたびたび誘発し,またニュ=ピエの反乱 (1639) などをはじめ,民衆反乱が頻発した。経済面では,海外貿易の投資を奨励し,当時海上貿易はオランダ人が独占していたが,それをフランスの手に握るために多大の努力を払った。フランスを中世的国家から近代的国家へと脱皮させる彼の集権国家構想は未完に終ったが,その事業は J.マザランによって引継がれ,完成した。また,学芸の保護と統制のため,アカデミー・フランセーズを設立 (35) した。遺稿に『政治的遺書』 Testament politiqueがある。

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デジタル大辞泉

リシュリュー(Armand Jean du Plessis de Richelieu)
[1585~1642]フランスの政治家。1624年、ルイ13世の宰相となり、プロテスタントの政治的権利を奪い、反抗的貴族を抑え、王権の拡大を図った。対外的には三十年戦争介入するなど、フランス絶対王政の確立に努めた。1635年、アカデミーフランセーズを創設。

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デジタル大辞泉プラス

リシュリュー
Richelieu》フランス海軍の装甲艦。1876年竣工。排水量、約8,900トン。名称は、ルイ13世の宰相リシュリューの名にちなむ。1900年除籍。

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リシュリュー
《Richelieu》フランス海軍の戦艦。リシュリュー級の1番艦で、1939年進水の高速戦艦。名称はルイ13世の宰相リシュリューの名にちなむ。同型艦に、ジャン・バールクレマンソーがある。1940年に就役し、同年のドイツ軍のフランス侵攻により、フランスから脱出。1942年より、連合国軍に加わり、対独、対日の戦闘に参加。第二次世界大戦後はインドシナ戦争などに参加。1967年退役、翌年解体。

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世界大百科事典 第2版

リシュリュー【Armand Jean du Plessis de Richelieu】
1585‐1642
フランスの政治家。西部フランスのポアトゥー地方に領地を所有する小貴族の家に生まれた。生家が保有していた聖職禄の権利を維持するため1607年リュソンの司教になった。14年に全国三部会に聖職身分の代表として出席,国王ルイ13世の母后摂政マリー・ド・メディシスMarie de Médicisに認められて政界に進出した。17年に国王が親政を開始し母后との間に争いが生じると,両者の和解をとりもって政治的影響力を強めた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

リシュリュー【Armand Jean du Plessis de Richelieu】
1585~1642 フランスの政治家。ルイ一三世の宰相となり、王権強化をはかり貴族層・新教徒を抑圧。ハプスブルク家のフランス包囲網突破をめざし三十年戦争に介入、フランス絶対主義の確立に努めた。

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精選版 日本国語大辞典

リシュリュー
(Armand Jean du Plessis, Duc de Richelieu アルマン=ジャン=デュ=プレッシ、デュク=ド━) フランスの政治家。一六二四年以後ルイ一三世の宰相として中央集権化に努め、対外的にはフランスの国際的地位の向上をはかって三〇年戦争に干渉し、植民政策を進め、フランス絶対主義の基礎を築いた。(一五八五‐一六四二

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旺文社世界史事典 三訂版

リシュリュー
Armand Jean du Plessis da Richelieu
1585〜1642
フランスの政治家
ルイ13世の宰相(在任1624〜42)となって新教徒(ユグノー)を弾圧し,大貴族の勢力を抑え,高等法院の権限を縮小するなど,絶対主義の基礎を築く。ハプスブルク家に対抗して三十年戦争に介入。アカデミー−フランセーズを設立。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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