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モーセ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

モーセ
Mosheh; Mōsēs
前 13世紀頃在世のイスラエルの立法者,預言者エジプトでレビ族の家系に生れ,エジプト圧政下のヘブライ人を率いて脱出に成功した指導者。イスラエルの子孫の力を恐れたエジプトのパロ (王) は出生した男児の殺害を命じたが,モーセはパロの娘 (モーセの命名者) に救われ宮廷で成人した。しかし彼は苦役に従事する同胞を見,同胞を打ったエジプト人を殺したことからミデヤンに逃れた。同地の祭司エテロの娘チッポラを妻として亡命生活をおくっていたが,シナイ (ホレブ) 山で神が彼に現れ,イスラエル人のエジプト脱出を命じたので再びエジプトに戻った。兄アロンの助けによって人々の説得に成功した彼は,パロの頑強な反対にあいつつも,出エジプトを決行,奇跡によって紅海の水を分け脱出を成功させた (出エジプト記1~14章) 。出エジプトの3日後,モーセはシナイ山で神と契約を結び十戒をはじめとするさまざまの掟が示された。酬恩祭として捧げられた雄牛の血は契約の血と呼ばれている。その後もモーセは約束の地カナンへ向けて長く困難な移動を指揮したが,40年ののちカナンへの途次モアブの地ネボ山に没した。享年 120歳と伝えられる (申命記 34章) 。

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デジタル大辞泉

モーセ(Moses)
前13世紀ごろのイスラエル民族の指導者。旧約聖書出エジプト記」によれば、神の啓示によりイスラエル民族を率いてエジプトを脱出し、神ヤーウェとの契約により「十戒」を授けられ、40年間、アラビアの荒野をさまよったのち、約束の地カナンに到達したが、彼自身はヨルダン川を渡らずに死んだという。モーゼモーゼス。モイゼ。
ミケランジェロの彫刻作品。ローマ教皇ユリウス2世の霊廟の一部として制作。十戒が記された石版を抱えるモーセを表現している。ローマ、サンピエトロインビンコリ教会所蔵。

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世界大百科事典 第2版

モーセ【Moses】
ヘブライ語ではモーシェ。古代イスラエル民族のエジプトにおける迫害,エジプト脱出(出エジプト),荒野彷徨,シナイ滞在,カデシ滞在,カナン侵入直前までの,前13世紀のカリスマ的指導者であり,イスラエル宗教と生活形態の創始者としてあがめられている。民間語源説によれば,ヘブライ語に関連づけてナイル川から〈ひき出された〉者を意味するとされるが,エジプト新王国期のファラオ(王)の名に多い〈―メス(生む,子)〉と関係し,エジプト語に由来する。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

モーセ【Moses】
〔モーゼとも〕 古代イスラエル民族の伝説的指導者。紀元前一三世紀頃の人。エジプトでのイスラエル人の窮状を見て、彼らを率いてエジプトを脱出。40年の荒野放浪ののち、約束の地カナンへ導いた。この間シナイ山で十戒を授かり、ヤハウェとイスラエル人との「契約」を仲介した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

モーセ
もーせ
Moses
紀元前13世紀、古代イスラエル民族とその宗教を基礎づけたと伝えられる指導者。ヘブライ語でMehと書き、モーゼまたはモイゼともいう。[木田献一]

生涯

前1280年ごろ、イスラエル民族はモーセに率いられてエジプトから脱出し、シナイ山において神ヤーウェとの契約関係に入り、ヤーウェの民になったという。それ以前はヘブライ人とよばれる小家畜を飼育する諸部族の集合にすぎなかったが、ヤーウェ宗教の受容によって、一つの民族としての自覚をもつに至ったのである。
 シナイ山における契約に際して、モーセは神からイスラエルの民が守るべき「十戒」を授かった。十戒は、『旧約聖書』の「出エジプト記」20章と「申命記」5章にほぼ同じ形で記録されており、他神や偶像の礼拝を禁じ、殺人、姦通(かんつう)や窃盗を禁止するなど、ユダヤ教とキリスト教における宗教と倫理の基礎をなすものとして重視されている。
 モーセは、シナイ山で神ヤーウェとイスラエルの間に契約を結ばせたあと、神が先祖アブラハムに与えると約束したカナンの土地を民に得させるため、40年間、荒野を放浪した。その旅は困難を極め、疲労と飢えに不満が爆発して民はしばしば反抗したが、彼は忍耐強く統率し、約束の地へ導いていった。モーセは、「そのひととなり柔和なこと、地上のすべての人にまさっていた」(「民数記」12章)といわれている。モーセは荒野の旅において、民が神に対して示した不信の責任を負わされ、自らはカナンの地に入ることを許されず(「民数記」14、20章)、ヨルダンの対岸に達しながら、モアブの地からカナンを眺めるのみで死んだ。彼の墓の所在も知られないままだと記されている(「申命記」34章)。[木田献一]

伝説と史実

モーセに関する記事は「出エジプト記」から「申命記」に及んでおり、古くから「創世記」に始まり「申命記」に終わる「モーセ五書」(『旧約聖書』の最初の五書。律法=トーラー)は、モーセの著作であると信じられてきた。しかしモーセについて知りうる確実な歴史的事実はごくわずかである。「出エジプト記」1~2章にあるモーセの誕生と青年期の記事も、英雄伝説的色彩が濃い。ただ「出エジプト記」3~6章に、モーセが神の啓示を受け、出エジプトの事業を託されたこと、「ヤーウェ」という神名を初めて知らされたことなどが書かれているが、これは歴史的事実に基づくものであろう。エジプト脱出や唯一神教の確立などという民族的大事業は、傑出した人物によらなければ成就しえないからである。「出エジプト記」の19~40章、さらに「レビ記」全体と「民数記」10章までは、イスラエルの民がシナイ山に滞在していた時期についての記事になっている。ここには十戒のほか多くの律法が記されている。しかしこの大部分は、後代のユダヤ教が、すべての権威ある律法はモーセがシナイ山で神から直接与えられたものとするため、ここに集めたものと考えられる。その結集と正典化は紀元前400年ごろには、ほぼ完了した。
 モーセはイスラエル民族の歴史のなかで、しだいに理想化され、預言者の原型と考えられ、またユダヤ教のすべての権威ある律法を与えた者とされた。『新約聖書』において、イエス・キリストは新しいモーセであり、山上の垂訓は新しいモーセの律法だと理解されている。[木田献一]
『浅野順一著『モーセ』(岩波新書)』

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精選版 日本国語大辞典

モーセ

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