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メッケル

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

メッケル
Meckel, Christoph
[生]1935.6.12. ベルリン
ドイツの詩人,版画家。シュルレアリスム的な詩集『夢遊病者用のホテル』 Hotel für Schlafwandler (1958) のほか,版画集『戦争』 Der Krieg (60) ,『都市』 Die Stadt (60) ,小説『死者のマニフェスト』 Manifest der Toten (71) など。また自伝的散文作品『判じ絵-わが父について』 Suchbild.Über meinen Vater (80) は,詩人,小説家であった Eberhard Meckel (1907~69) について描いている。 1979年ライナー・マリア・リルケ抒情詩賞,82年ザルツブルク市ゲオルグ・トラークル賞受賞。

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メッケル
Meckel, Klemens Wilhelm Jacob
[生]1842.3.28. ケルン
[没]1906.7.5. ベルリン郊外グロスリヒテルフェルデ
ドイツの陸軍軍人。大モルトケのもとで養成され,1883年日本陸軍ドイツ兵制を採用した際,モルトケ参謀総長の推薦で,85年陸軍大学校教官として来日。当時は参謀少佐。陸軍兵術,師団編制を中心とする陸軍の編制,高等司令機関の完備,一般兵役義務制度の確立など,あらゆる分野において日本陸軍の近代化を実現させ,その後の日清日露戦争のための基礎を築いたばかりでなく,第2次世界大戦終戦まで日本陸軍の兵術思想に大きな影響を及ぼした。 88年帰国し,メッソ連隊長,陸軍大学校教官,参謀次長をつとめ,少将で予備役に入った。

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デジタル大辞泉

メッケル(Klemens Wilhelm Jakob Meckel)
[1842~1906]ドイツの軍人。1885年(明治18)日本政府の招きで来日。陸軍大学校教官として、日本陸軍の近代的軍制の整備に貢献した。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

メッケル Meckel, Klemens Wilhelm Jacob
1842-1906 ドイツの軍人。
1842年3月28日生まれ。明治18年(1885)陸軍少佐のとき政府にまねかれて来日。陸軍大学校教官,参謀本部顧問となり,陸軍の軍制をフランス式からドイツ式に改革し,参謀将校を養成した。21年帰国,のち少将。日清(にっしん)・日露戦争の勝利により,日本陸軍の恩人として遇された。1906年7月5日死去。64歳。ケルン出身。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

メッケル【Klemens Wilhelm Jakob Meckel】
1842‐1906
ドイツ軍人。日本陸軍のドイツ式への兵制改革の指導者。プロイセンの陸軍大学を経て参謀となり,《未来の歩兵戦》《戦術学》《帥兵術》などの著書で戦術家として知られた。少佐のとき日本陸軍に招かれ,1885年3月来日して陸軍大学校御雇教師となり,3年間の滞在中に創立早々の陸軍大学校でドイツ式の戦術を教え,参謀教育を行った。また参謀本部の顧問として,参謀次長川上操六,陸軍大学校長児玉源太郎,陸軍次官桂太郎などを援助し,陸軍の兵制をフランス式からドイツ式に改革するために尽力した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

メッケル【Klemens Wilhelm Jakob Meckel】
1842~1906) ドイツの軍人。1885年(明治18)陸軍大学校教官として来日、軍制改革や戦術教育を指導し、88年帰国した。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

メッケル
めっける
Klemens Wilhelm Jakob Meckel
(1842―1906)
ドイツ軍人。3月28日ケルンに生まれる。プロイセンの陸軍大学を出て参謀将校となり、『未来の歩兵戦』『戦術学』『帥兵術』などの著書により戦術家として知られた。1885年(明治18)少佐のとき日本陸軍の軍制改革の指導のために招かれ、陸軍大学校御雇(おやとい)教師、参謀本部顧問として来日し、1888年に帰国。この間、陸大で戦略戦術の教師として長岡外史(ながおかがいし)(1858―1933)、藤井茂太(ふじいしげた)(1860―1945)など多くの参謀将校を養成するとともに、桂太郎(かつらたろう)や児玉源太郎(こだまげんたろう)が進めている近代的な軍備の確立のための改革に顧問として大きな役割を果たした。日本陸軍がプロイセン陸軍の影響を受けるうえで重要な地位を占めている。帰国後は少将に進んで退役。1906年7月5日死去。[藤原 彰]

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精選版 日本国語大辞典

メッケル
(Klemens Wilhelm Jakob Meckel クレメンス=ビルヘルム=ヤーコプ━) ドイツの軍人・軍事評論家。明治一八年(一八八五)、陸軍大学校教官に招聘されて来日、日本陸軍の近代的編制や戦略戦術の向上に貢献。(一八四二‐一九〇六

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